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光の中から様々な景色が現れては消え、ぐるぐると回っているのが見える。
やがて流れるように動いていた景色がピタリと止まり、その中に吸い込まれたシエル達の周りは先程の部屋の中とは全く違う空間になっていた。
「ここが今回のフィールドか・・・」
徐々に光が消えていき、視界が回復してきたところでシエルは周囲を軽く見渡してみる。
上空には薄暗い曇りの空が広がっており、雲間から天の梯子とよばれる光が地上に向かって漏れ出して来ているのが見えた。
足元には石造りの道が続いており、辺りも同様に石造りの壁や塔によって取り囲まれている。
どうやらここは石造りの古城フィールドのようだ。
シエルが居るのはその中庭にある庭園だ。
古城としての原型を保ってはいるが、それでも所々崩れ落ちている箇所があり、部屋の中が丸見えになっているような部分も見受けられる。
そして先程まで同じ部屋の中に居た筈の者達が今この場に居ないという事は、今回も転送完了と同時に全員がフィールド上の至る所にランダムで配置されたと考えるべきだ。
今回のフィールドの広さがどのくらいなのかは分からないが、見るからに強力そうな者達ばかりが揃っていた為、初っ端からその内の誰かに遭遇せずに済んだのは運が良かった。
シエルが周囲の様子を観察していると彼女の前に立体パネルのウィンドウが開き、今回の実験に関する内容が表示された。
転送前の段階で聞かされてはいたが、改めてそれを確認する。
内容は時間無制限のデスマッチ。
クリア条件は最後の一人になるまで殺し合い、そして生き残る事。
これまで何とか実験や戦力テストの条件の間を抜け、誰一人殺さずにやって来たが、今回ばかりはそうもいかないようだ。
自分が生き残る為には確実に誰か一人以上を殺し、この手を血に染めなければならない。
だが、こんな状況に陥った今でも初めて殺し合いを強要されたあの選抜試験の時からシエルの考えは変わっていない。
あんな頭のイカれた連中の為に自分達が殺し合うなど絶対に間違っている。
例え誰かに殺される事になったとしても自分は絶対に誰も殺さない。
そう固く誓ったつもりだったが、死という絶対的な恐怖を前にした時、人間の心というものはあまりにも脆い。
怖い。
こんな所で死にたくない。
だが、誰かを殺したくもない。
矛盾した事を言っているのは自分でも分かっているが、それがこの瞬間におけるシエルの正直な気持ちであった。
そしてこう考えた時、シエルは過去に言われた事の意味を改めて深く噛み締める事になる。
アンダーアルカディアで殺人が行われるのはいつもの事であり、それがここの日常だ。
法の加護など存在せず、誰が死んだところで気にされる事もなければ、咎められる事もない。
躊躇った方が死ぬ。
ここにあるのはそれだけだ。
このような環境においても尚シエルが誰も殺したくないと考えるのは、殺したくないと思っているからではない。
人を殺す覚悟が持てていないのだ。
更に言えば、その相手を殺してでも自分が生き残ろうという覚悟さえ捨ててしまっている。
自分で自分を取り巻く状況をコントロールする事が出来ず、ただその瞬間に訪れる状況に従って流される事しか出来ない。
相手の事を思い、自ら身を引いているように見えて実はどちらも選ばずにただ逃げている。
だから自分は弱いのだと。
この事は以前、アカリにも言われた事だったのだが、今になってその意味が分かるとは。
このまま行けば先は無く、かと言って後にも引けず、誰かを手に掛けなければならない状況に陥った時、アカリには少しでも迷いがあったのだろうか。
初めて人を殺そうとした時、アカリも今の自分と同じような気持ちだったのだろうか。
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