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彼は今から約一年前、シエルや他の者達と共にこのアンダーアルカディアに連れて来られた西エリアのスラム街の少年だ。
夢や希望を語り合っていた他の者達とは違い、何処までも現実主義な彼は淡い期待を抱いたりする事は決して無く、常にその瞬間における最良の行動を選択するような人物だった。
そしてその結果、あの選別試験においてシエルを庇ったリオンが彼の手によって殺されるという結末を招いてしまった。
殺らなければ殺られる。
自分が生き残る為、あの場ではあれが最良の行動だったのだとジークは語っていたが、それでも共にスラムでの生活を送って来た仲間を何の躊躇いも無く殺して見せた彼は酷く残酷に思えた。
ここに希望なんてものは無い。
あるのはただ絶望だけ。
生き延びたければ、自分が生き残る事だけを考えて最良の行動をしろ。
それが選別試験後にジークがシエルに残していった最後の言葉であり、彼とはそれっきり会う事が無かった。
てっきり彼も自分の知らない所で既に死んだものとばかり思っていたが、まさかこうして再び殺し合う者同士の立場で再開する日がやって来ようとは。
運命の悪戯とは、こういう瞬間の事を言うのだろうか。
シエルは改めて目の前のジークに視線を送る。
元々のジークは冷静沈着で口数が少なく、表情もあまり変わらないような寡黙な少年だったのだが、今の彼は違う。
情緒が不安定な上に顔は常に引き攣っており、口からダラダラと唾液を垂れ流し、奇妙な声で笑いながら相手を惨殺する殺人者に成り果てている。
これがかつてジークの言っていた生き残る為の行動とその選択の果ての姿なのだとしたら、払った代償はあまりにも大きかったと言わざるを得ない。
ここに居るのは最早シエルの知るジークではなく、アンダーアルカディアの怪物の一人でしかなかった。
そんなシエルを見たジークがこんな事を言ってきた。
「イヒ、イヒヒヒ〜!!シエる〜。お前、コの期に及んでマだ殺す事を躊躇ってイるヨうだなァ〜?」
「ど、どうして・・・!?」
「イヒヒヒ〜!!そレくらい目を見れバ分かるンだよォ〜。だガ、どうやラその様子だとまだ人を殺しタ事すら無いヨうだなァ〜?」
こうして対峙しただけなのに一瞬でバレた。
これが戦闘経験の差というやつであり、それが分かってしまう程にジークは多くの者達と対峙し、相手を闇に葬ってきたという事だ。
「誰かヲ殺して自分ガ生き残るナンて間違ってルかァ〜?相変わラず甘い奴だナァ、お前はァ〜。こコじゃそんナ事を言っテる奴から先ニ死んでいクんだよォ〜」
「ッ・・・!!」
認めたくはないが、その意味が分かるからこそシエルは何も言い返す事が出来なかった。
彼女が言葉を詰まらせているとジークは引き裂けたような笑みを見せながら告げた。
「イヒ、イヒヒヒ〜!!口で言って分かラないノなら身を以て教えてやルよォ〜。ここデ死ねェ!シエルゥ〜!!」
そう言うとジークはその手に持った大剣を構え、シエルに向けた攻撃を放ってきた。
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