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「げほッ、かはッ・・・!!」
地面に転がり、立ち上がろうとしたその瞬間、シエルの口から赤黒い血が溢れ出して来た。
肉体強化魔法による防御力強化を行ってはいたものの、ジークの拳の威力が遥かにそれを上回っていたようだ。
腹部の奥底、内臓からの鈍痛を感じる。
腹を抱えて蹲るシエルの側までやって来ると、ジークは彼女を見下ろしながら言い放つ。
「イヒ、イヒヒヒ!!弱い。弱イ、弱い、弱い、弱イ、弱ァ~い!!弱いナァ、シエルゥ~!!」
「ジ、ジーク・・・」
「お前は何モ変わってイないなァ~。あノ時と全く同じダァ~。こレじゃリオンの奴も浮かばレナいなァ~」
ジークのその言葉に対し、血を吐きながらゆっくりと立ち上がったシエルが強く反発する。
「あなたが、あなたがリオンを殺したんでしょ。彼を悪く言うのは許さない」
「イヒッ!!イ〜や違ァ~う。アイツが死ぬ原因を作っタのはお前ダァ~。アの時お前が自分デ戦えテいレば、その手で俺を殺す事ガ出来ていレば、リオンは死ナズに済んダんだァ~。違うカァ~?」
ジークに正論を突き付けられ、返す言葉も無かった。
いや、本当はその事を自覚しつつもただ見ないフリをして来ただけだ。
目を閉じれば、今でもリオンの最期の姿が脳裏に鮮明に蘇って来る。
あの選別試験での事は今尚シエルを苦しめ続けているトラウマだ。
自分のせいでリオンが死んだ。
その事実について考えれば考える程、シエルは自責の念に押し潰されそうな気持ちになった。
「でも、だとしても、こんな事はやっぱり間違ってる。狂ってるよ、こんなの・・・」
「イヒ、イヒヒヒ!!シエルゥ~。ソうじャない。やハりお前は何も分かッテいないヨうだナァ~」
シエルが必死に絞り出した言葉であったが、ジークは笑いながらこう答えた。
「コの世界は元々狂っテいるンだよ。そンな世界で生キ残れルのは、自ら狂う事の出来る者ダケなんだァ〜。だかラ俺は例エどれだけの犠牲を払イ、どレだけの者を殺す事ニなるとしテも強者ノ側に回ると決めタンだァ~。そうシて俺はこコまデ戦い抜いテ来た。聞こエノ良い戯言を口にシて逃げテ来タお前とは違うンだよォ~!!」
この世界は弱肉強食。
力のある者が生き残り、そうでない者が死ぬ。
アンダーアルカディアで血みどろの日々を過ごして来た今ならばその意味が良く分かる。
それが一切の綺麗事を抜きにしたこの世の真実なのだと。
かつてアカリやジークの言っていた事は間違っていなかった。
間違っていたのは残酷な真実から目を背け、それを都合の良いように解釈し続けていた自分の方だったのだ。
リオンが死んだのも、こうして今まさに自分が殺されそうになっているのも、全てはあの時ジークを殺すという選択が出来なかった自分自身のせいだ。
これまでシエルのして来た相手を傷付けないという行動は優しさではない。
どちらかの為に一方を切り捨てる強さが無かっただけのただの弱者の行動に過ぎず、これはその結果だ。
ジークがリオンを殺したのではない。
自分が彼を死なせたのだ。
下を向いたまま黙っているシエルを見たジークはその手に持った大剣をゆっくりと振り上げながら告げる。
「ダから俺は俺の為ニお前ノ事も殺す。弱者は全てヲ失う。友も、己の命さエも」
弱者は全てを失う。
まさにその通りだ。
この結末を覆す方法があるとすれば、それは自分が変わる事だ。
自らもまた狂う覚悟を決める事だ。
だからシエルは決断した。
これまでの自分と、目の前に立ちはだかる敵を切り捨てる事を。
自分が下した決断が残酷なものだとは最早思わなかった。
何故ならこの世界は元々狂った残酷なものなのだと理解したからだ。
この絶望だらけの世界を生き抜く為に必要なものはただ一つ。
力だ。
絶対的なまでの力を手に入れる事だ。
こう考えるようになったその瞬間、シエルの押さえ付けて来たものが一気に溢れ出し、彼女が彼女だったものの全てを真っ黒に染め上げていった。
そして全てが漆黒の闇に包まれた中で彼女は遂にその時を迎える。
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