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「あー!やっぱり家は良いな!」
研修期間中、ホテル暮らしだった。健流は、リビングにボストンバッグを放り投げ、大きく伸びをしている。
「あぁ、そうだね。……っておまえの家は隣だろ。早く帰れば?」
晴臣は人の家でくつろいでいる健流を横目で睨む。
「どした?臣、なんかご機嫌斜めだな」
「べっつに」
そう、健流のせいじゃない。なんなら、今日の健流は完璧だった。
今までならば、晴臣は俺のもの、と言わんばかりの関係性の暴露をし、態度を隠そうとはしなかった。
晴臣はその事がいつも心配で不安だった。
けれど、今日は 幼なじみ とも言わず。晴臣のことを一度も人前で 臣とも呼ばず。
たまたま同じ大学の知人程度の友人が、同じ会社に入った、とお利口に関係性を醸し出していた。
二人で口裏合わせた訳ではなかったけれど、世間体的に、全て晴臣が望んだ状態だ。
なのに、そうなったらそうなったで、無意識に拗ねている自分が居る。
晴臣は親睦会から引きずっているモヤモヤを、家で冷静に顧み、少し反省した。
「お茶、飲む?」
コップを二つ取り出し、健流の前に差し出す。
「あぁ!飲む飲む!」
居て良し の合図と察知した健流は大喜びで、食い気味に返事してきた。
冷蔵庫の冷気に震えながらペットボトルを手に取った晴臣の背後から、健流の声が不意に聞こえた。
「ねえ、臣……なんの話してたの?」
「なにが?」
「懇親会でさ」
「お前の趣味とか、好きな食べ物とか、付き合ってる子はいるのかーとか……聞かれたから、適当に答えたけど。今まで通りだよ」
同期の女子の色めき立つ様子を思い出し、晴臣はまたモヤモヤした。だけど、これも自分の勝手だ。
一度聞くと百回同じ答えが返ってくるから疑いもしないし、重々承知だけど、健流は晴臣一筋で、他は誰となにがあっても好きになるなんてあり得ないと言う。
言葉に嘘は無いだろう。けれど、健流は性格的に全身全霊で向かってくる女を、無碍にも出来ない。
晴臣はその様子を、思春期で恋愛がどうこうする年頃からずっと知っているし、承知もしてきた。
なんならこれも、晴臣が望んでいる事だった。
絶対に結ばれることはない相手の女子には悪いが、そんな健流の姿は、世間にバレたくない二人の関係の良い隠れ蓑になり、晴臣を安心させてきた。
だけど当時も、やっぱり今日と同じモヤモヤが、いつも付きまとっては居たけれど。
「違う。あの子達の事じゃない」
晴臣はペットボトルごと、健流に手を掴まれた。
「あの人だよ」
「?」
「臣に質問してきてた、あの人」
晴臣は、記憶を逆回転させる。
「あー、あのお偉いさんの事?」
健流の事を聞かれているのかと思い、適当に返事をしたら、後ろには別テーブルから歩み寄ってきていた人の姿が有り、晴臣は背筋を伸ばし謝った。
失礼な態度の晴臣を怒りもせず、優しく声をかけてくれた。
「いつもだったら、大体臣が誰と何しゃべってるのか聞けるけど、今日は隣の子がすごいしゃべるし、あの人の声が低くて聞こえなかったんだよね」
いつも会話聞いてるのか……と、樹が聞いたらまた呆れそう事を今はスルーする。
「いや、別に何も大した話は。研修どうだったとか、どんな仕事がしたいとか」
「ふーん」
健流は天井を見上げ、一人考えごとをしているようだ。
「何?」
「別にー」
今度は健流に”別に”返しされた。
ー懇親会おしまいー
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