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「臣、もう慣れた?」
「うん、まあまあ」
仕事できてるかどうかなんて、自分では解らない。全て人に評価されることだ。
季節は二つ変わりかけているけれど、晴臣は自分の事が解らず、曖昧な返事をした。
「でも、嫌じゃない」
これは言い切れる。
ネットとかで見るパワハラなんてものはないし、今のところ出社拒否をしないで頑張れている。
「そっか、よかった」
健流は安心した顔で、食卓を挟んでいる。
研修後、配置された部署は二人離ればなれだ。一緒の方が気を遣うから、晴臣はホッとしていた。
健流と比べられるのも正直辛い。
「臣の先輩、優しそうだな」
新人の癖に人を見る余裕があるのか、健流の観察眼には驚いたが、言うとおりだった。
「指導係の先輩?すごい優しいし、丁寧に教えてくれるし、分かりやすいし良い人だよ」
晴臣は先輩を思い出した。穏やかな先輩。
「健流の先輩は?」
どんな人かは見たことが有るが、同じフロアだけれど、人の部署の様子まで見る余裕がない。
「優しいタイプじゃないけど、的確だし、合理的な人だな」
「そういう感じだね。俺、ちょっと怖かったんだ。入ったばっかりの頃、うちの先輩が定時に帰ったか聞きにきて、嫌味言って去ってったからさ。先輩すっごい謝りながら帰ったのに」
「へえー。そんな事言う様な人じゃないけどな。喜怒哀楽あんまないし、俺は好きだけどな。頭の回転早い感じで。あ、でも」
「?」
「同じ会社の人と、付き合ってんだってさ。面倒臭いし、ややこしそうなのに。別れたりしたら大変だろ。あんまそういうの気にしない人なんかもな。俺は、絶対会社の女には遊びで手を出さないな。ややこしい」
健流は肩を竦めて呟いた。同じ会社の奴=晴臣と付き合っている自分を棚に上げて。
学生時代は女関係気を使ってなかったけれど、会社では一線引くつもりなのか。
晴臣は安心し無意識に息を吐く。
「変なのに手を出して、臣と俺の大事な人生、下らない事に巻き込まれたり、周りに落とし込まれたりして、寝首掻かれる訳にはいかないからな」
健流は口端を上げて、少し笑っている。
晴臣は意味が分からず、無言でコーヒーを飲んだ。時々健流独り言が難しくて理解出来ない。そんな時は、いつも聞き流す。気にしてもしょうがない。
「あ!」
「なんだよ、びっくりしたー」
健流の叫び声で、晴臣は少し噎せる。
「臣、お前んとこの部長。あれは食わせもんだ。陰湿ぽいだろ?」
健流は晴臣の眉間を指差し、強調した。
「あぁ、うん。そういえば……」
(先輩時々捕まって、言いがかりレベルの事でネチネチ怒られてるな)
「俺はまだ、怒られた事ないけど、結構、うん」
「だろ?臣、今からちゃんと強気でいろよ。悪くも無い事、すみませんとかペコペコしたり、おどおどしてると、あのタイプは、そういう奴が大好物で、狙われて餌食になる!普通にしてりゃ、大丈夫だ」
「うん。判った」
晴臣は健流の勢いに何度も頷く。
「何か困った事があったら、すぐ教えろ。まだ、何にも出来ないけど」
「なんだそりゃ」
晴臣は健流の問い掛けに笑ったけれど、健流は至極真剣な表情を浮かべている。
「まだ、今は……な」
ー会社の話おしまいー
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