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「じゃあ、八時な」
「うん、解った」
仕事終わり、今日は別々の家の前で別れた。これが本当は当たり前なんだけれど。
晴臣は神妙な面持ちで、健流宅の扉を暫く見つめた。
気持ちを切り替え、服を着替え、8時前に健流ん家のチャイムを押す。
「いらっしゃい」
健流は、黒いスーツ姿で迎え入れてくれた。
「ご家族は?」
「出掛けた。今日、臣が来るって行ったから気を遣ってんだろ。九時頃帰ってくるだろうから、一時間位しかダメだけど」
「わかった」
晴臣は聞き返しはしなかった。
リビングの一角に、座布団が二つ並べられている。
「座って」
健流に促されるまま、座布団の上に正座する。
「オカン、臣来てくれたぞ!」
静かな部屋に、お鈴の音が響いた。
今日は、健流のおばさんの命日。毎年一度だけ、健流の家にお邪魔する日。
健流が小5の時におばさんは亡くなった。外出先で倒れてそのまま……隣同士・家族ぐるみで、遠い親戚以上の付き合いだったから、思い出が多すぎて、今でも晴臣にとって心の多くを占める。
健流は写真のおばさんに手を合わせ、長い間拝んでいる。
「臣、お線香」
「ご、ごめん……」
その健流の顔を見ていると、こらえきれなくなって、声をあげて泣いてしまった。
「ありがとう。臣」
「毎年……毎年、ごめん……」
涙が止まらず、潤んだ視界でお線香を上げる。
「なんで謝る?あの時も、毎年、俺より先に大泣きしてくれる、臣に助けられた」
「そんなこと」
「俺は、心底臣に救われてる」
健流は晴臣の手を握りしめた。
「なあ、オカン!」
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