愛の夢

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健流のお父さんは健流が中学校に上がった時、再婚した。 健流の新しいお母さんも、上品な優しい人。 余り話は聞かないけど健流との関係も良好だ。近所付き合いも卒無く。 ただ、人を家にあげる事を嫌がった。だから、健流の家に遊びに入ることは無くなった。 今の状況通り、専ら健流が晴臣の家にやってくる。 当時、家に人を招かない事を、晴臣は子供ながらに不思議に思っていた。 だけど今、大人になって、なんとなくだけど、継母(おばさん)の気持ちも判る気がする。 年に一度、晴臣が訪ねる時は、おじさんとおばさんとその間に生まれた健流の妹は、気を遣ってお出かけしてくれている。   以前、あまり心境をあかさない健流に、聞いたことがある。 「寂しくない?」 「オカンがいなくなって寂しいけど、感謝してる。俺を生んでくれた事。 それに、この家を決めたのもオカンなんだ。オカンのおかげで、臣と隣同士になれた。感謝しか、ないだろ?」 健流はおばさんの遺影に向かって、晴臣に返事していた。 年に一度、健流の部屋に足を踏み入れる。 「健流、弾いて。あれ」 「臣はほんと、好きだな」 昔はリビングにあったピアノが、健流の部屋にある。 部屋の大きさは晴臣と同じだから、広くはない部屋に押し込められている。 亡くなったおばさんの、嫁入り道具だと聞いた。健流は小さい頃から、母親にピアノを教わっていた。 晴臣の家に昔は、隣からかすかに良く聞こえてきたけれど、いつしかぱったりとその音も聞かれなくなった。 健流は、弾いてくれた。 ”あれ”で通じる曲。 聴く専門で疎い晴臣だけれど、この曲が大好きだ。 当時、何の曲か尋ねると健流は『リストの愛の夢だ。オカンもこの曲大好きなんだって』と教えてくれた。 中学の時、音楽の先生に弾いてみてと頼んだら、難しい曲だから軽々しく言われても、と不機嫌にさせた事があった。 小さい健流が難なく弾いていたから、そんな難しいなんて知らなかった。 久々に弾くだろうに、今日も健流は淀み無く弾いている。こんなに上手いのに、ピアノを止めてしまった健流。 聴き入りながら、晴臣の頬にまた一筋涙が流れる。 晴臣は知っていた。健流は晴臣がリクエストすると、昔からスラスラ弾ける事。 だけど母親に習っている時、いつも弾き間違えて怒られてた。 (おこられたいから、わざとまちがえてる。たける、おばちゃんにあまえてる) その様子を、晴臣は微笑ましく見ていた。 弾き終えた頃、健流はちらりと時計を見遣った。 「あ、もう時間だな。臣の家行って良い?」 「うん、うん」 (おばさん、健流の事守ってやってください。俺も守ります。また、来年会いに来ます) 晴臣はリビングの一角に一礼し、年に一度の訪問を終えた。
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