唯一の二人

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朝の通勤途中、早歩きしながら晴臣は健流に告げた。 「タケル!今日俺、夜は樹と会うから。飯食って帰る」 「なんだよそれ、二人で俺を仲間外れか?!」 「”仲間外れ”って、子供かよ。だって今日お前の部署、ミーティングだろ?」 「そうだよ。オミ知ってるんだったら、今日しなくても日を変えてくれたっていいだろ」 健流は少し前を歩いていた歩幅を緩め、肩を並べた途端、晴臣に文句を言った。 「あのさあ、何でお前に予定を合わせなきゃいけないんだよ。健流とは毎日会ってるのに。 就職してから忙しそうな樹に合わせて今日になったの。二人でも久々なのに、三人の予定合せてたら日が決まら無すぎるよ。もし樹に会いたきゃ、健流も樹と二人で飯でも」 「樹と俺が二人?!冗談いうな!真っ平御免だ! 二人で飯食いに行こうものなら、説教されて、終わりだ!」 健流は散々されてきた樹の数々のお小言を思い出したのか、耳を抑えて駅まで走り出したから、その姿を見て、晴臣は声を出して笑った。 三人が出会った当時を思い出し 笑えるようになって、良かった。と思いを馳せ、晴臣は、また笑った。 *  *  * 「樹、仕事どう?」 「まだ慣れなくて大変だ。でももう学生にも戻れないし、頑張らなきゃな」 「樹はしっかりしてるから」 親友との久々の再会に、二人話が弾んだ。 久しぶりに見る樹の姿は、確かに学生気分は抜けていて、しっかりとした面持ちで。 体格の良さは変わらないけれど、心なしか痩せたように見えた。 「晴はどうなんだ?」 「俺は、必死だ。なんとか……って感じ」 晴臣はグラスに視線を落とした。 「大丈夫だ。お前は努力家だから皆解ってくれる」 樹の懐かしい穏やかな声に励まされ、晴臣は幾分元気が出た。 「健流は?」 「相変わらずだよ。卒なくこなしてると思う。あいつは評判も:(すこぶ)る良いし。あいつは、何処でもやっていけるんだろう」 晴臣は再び目を伏せた。 「それは違うと思う。アイツが変わらずあの調子で居れるのは、晴が傍に居るからだ、と思うけどな」 晴臣の口から零れた、健流に対する誰にも言えない本音を、珍しく強い語調で樹に否定され、晴臣は少し驚いた。 一頻り談笑し、最近追われて楽しむことを忘れていた趣味の話も二人で出来て、近いうちの再会を誓い店を出た。 「明日も早いし」 「昔は遊びに出て、帰る時間なんて気にしなかったよな」 さっき共通のファンだったバンドのライブに行く計画を立てていたが、開催が平日で二人共二の足を踏み、行く事を決められなかった。 「今度会うのは休みの日にしよう」 「俺達がこんな会話をする様になるだなんて、中学の時思ってもみなかったな」 何も考えず、遊びたい時に遊んできた二人が顔を見合わせて笑った。 「樹、今日は有り難う。社会人になってから、正直最近不安だったから元気出た。同じ立場の樹に励ましてもらって悪かったけど」 健流はいつも一緒にいてくれて、もちろん心強い。だけど、一緒に居る健流だからこそ、言えない事もある。 健流の所為ではない。晴臣の根底にある、勝手に背負ってる劣等感を、長い付き合いの樹は解ってくれて、口に出さず和らげてくれる。 「悪いとか言うな。俺も晴と久々に話せて、楽しかったから元気出たし」 樹は礼を言われた照れ隠しか、晴臣の頭を無造作に撫で、背中を叩いた。 樹に触れられ、晴臣は安心し、微笑んだ。健流とはまた違う、大きな掌の感触。 近くに居た時はしょっちゅう接触があったけれど、会うのは暫くぶりで。 だけど、久々でも大丈夫だった事に安堵する。 (やっぱり、樹は大丈夫なんだ……俺) 樹に触れられ、晴臣は無意識に健流を思い出し、歩を進めた。 ホームが違う駅で、樹と別れを告げる。 「じゃあ樹、また今度!」 元気にお互い手を振り合ってから、晴臣は駆け出した。 (早く、帰ろう。健流が待ってる) *  *  *
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