唯一が二人になった時

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指を絡めて隣で眠る健流の横顔を、夜中目が覚めた晴臣は、目が慣れてきた暗闇の中、ただ見つめた。 寝る前の行為の途中で、思い出していた。 健流を、こういう行為をする相手として、初めて認識した時の事を。 ――健流と初めて経験したのは 中学3年の時だった。   *  *  *   「臣、新しいクラスどうだ?」 「うん、皆良い奴ばっかだけど、特に気が合う友達が出来た」 「そうか、良かったな」 晴臣の部屋に相変わらずベランダから来て、我が物顔でベッドに寝転んで漫画を読んでいる健流が手を止めた。 「どんな奴だ?」 「身体大きい。柔道部だとか。同い年に見えないな、見た目は。だけど喋ってみたら趣味合うし優しい奴だった」 「ふーん。いっちょ様子見に行くか」 勉強机に向かっていた晴臣は、振り返って健流を見てため息を吐いた。 健流は至極真面目な顔で、悪気一つなく。 (俺だって、もう子供じゃないんだし。大丈夫だって) 晴臣はその顔を見て、言いかけた言葉を無駄だと思い飲み込んだ。 晴臣に新しい友人が出来た時は、健流は逐一把握しにやってくる。物心ついた時からの常だ。 今更止めたところで、それに言う事聞く性格じゃない。 それに健流の行動は別に、晴臣自身は嫌ではない。相手が驚くだけだ。 それも、晴臣を思っての事だとも……重々承知している。 (前田君も、驚くだろうな) 晴臣は新しい友人、樹の事のぼんやり考えていると 「臣、」 健流に手招きされ、晴臣は回転椅子から腰を上げた。 当然の様に、進学する高校を晴臣に、指し示して来た健流。健流と一緒の高校に行くには、晴臣は勉強をかなり頑張らなければいけない。 だけど晴臣自身も望んでいる所になり、その高校に行く事を疑わなかった。両親も諸手を挙げて賛成している。 だから勉強しているのに、健流はすぐに邪魔をする。 晴臣が近づいた途端手が伸びて来て、ベッドに寝ている健流の元へ引っ張られる。 そんなに体格も変わらないのに、あっという間に健流の腕の中で、晴臣は抱き締められていた。 小さい頃からじゃれていて、当たり前の行為として受け入れている。 至近距離で健流の顔を見つめる。これも近すぎて麻痺してるんだろうけど、日々子供っぽさが削がれてゆく輪郭も、長い前髪から覗く長い睫毛も深いグレーの瞳も 中学に入って色気づきだした女子が、健流を見てキャーキャー言っているのも客観的に見て頷ける。 加えて、愛想が良い。 それなのに、中学3年になっても、引く手数多なその健流は、今でも何故か毎日ここにいる。 (どうしてだ?健流) ダラダラ二人で手足絡めて寝転がり、晴臣はそんな事を少し考えながら改めて健流を見つめていると 異世界がその奥に在るような、健流の瞳に吸い込まれそうになって……気が付くと、形良い唇が近づいていた。 「臣」 「ん……」 触れるだけのキスを何度もされる。 これも、日常だ。 小学生の頃、晴れるおまじないと、見事な嘘をつかれ、信じて疑わなかったキス。そこから、健流にキスされるのは当たり前になった。 だけど勿論、二人きりの時だけ。親にも内緒だ。 次第にキスの意味が違うと見聞きして知り、なんとなく疑問に持ちはしたけれど 今日まで何も聞かず、受け入れている自分がいる。 一頻り、時間を忘れそうなほどのスキンシップが終わる頃、いつ何時も、自信に満ち溢れている健流が唯一不安な顔をする。 晴臣は健流のその表情を、いつもその瞬間しか見た事がない。 「大丈夫、か?」 「…うん」 健流の問い掛けに晴臣が返事をし頷くと、途端健流の顔は戻り、嬉しそうな顔を残しベランダに消えてゆく。 他人から見れば異常かもしれないけれど、これが二人の、日常。 健流が消え、夜風にカーテンがたなびく窓を、晴臣はベッドに寝転がったまま見つめた。 ”大丈夫か” いつも強い語調の健流が、唯一口にする消え入りそうな声。毎回問われる。聞かれない日は、ない。 「健流……」 健流の体温、触れられた感覚。強がりじゃなく嘘じゃなく、大丈夫などころか、晴臣にとっては心地よかった。 そんな晴臣の様子を余所に、健流が飽く迄聞いて来るのは 晴臣が大丈夫じゃないからだ。健流以外。
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