唯一が二人になった時

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「……臣、好き。好きなんだ」 健流は絞り出すような声で、呟いた。 出会った頃から今まで、示す言動行動は、毎日健流から受けていた。 だけど、初めて受ける告白だった。 (知ってる。健流、ごめん……俺が言わせなかったんだ。きっと、ずっと、気付いてた) 「健流、俺……」 (俺、は? 俺の想いは?) 健流の告白を聞いて、うやむやにしてきた自分の本当の気持ちを考え。 晴臣が言葉に詰まり、思い巡らせている時、身体が跳ね上がる。 スウェットの中に、健流の手が滑りこんで来た。晴臣が声を出す前に、下着ごと脱がされ、健流に性器を握られた。 「やめっ!」 衝撃で目の前が部屋と同調し、真っ暗になる。 ふざけてじゃれてる時に行き過ぎた時でさえ、触れられた事なんてなかった。なんだか健流が知らない人に思えて、話し合いも出来ず、心すれ違ったままで。ショックと恐怖がとめどなく襲う。 ……なのに、やはり健流にここまでされても、身体に拒絶反応は起きない。 (健流だから、なのに) 首筋胸を震えた指と唇でなぞられ、幾ら性器を擦られても、恐怖心で萎えたまま勃ちあがりもしない 晴臣の心中とシンクロしている身体。気付いてほしい。 「やめて!……嫌だ!健流、お願い、話を!」 ここまでされても、健流を憎む感情は沸いてこない。どころか、ここまで暴走してしまっている健流の心が心配になる。 (どうしてわかってくれない!俺は健流が望めば、受け入れるんだよ) 決して健流を拒むことはない。だけど、 (健流……こんな、こんな心がすれ違ったままだなんて) 健流の髪を掴み、懇願しようとした矢先、足を抱えあげられ、身体を折られた。 「ヒッ!」 健流の指が、晴臣自身知り得ない後穴に突き立てられ身体中が震える。 恐怖のあまり、目を閉じている晴臣の、額に、頬に、滴が当たり、反射的に目を開けると 真っ暗闇の中、鈍く仄暗い光を放つ健流の瞳から、涙が零れていた。 「たける……」 晴臣が、健流の泣いている姿を見たのは、一度きり。 健流の母親が亡くなった時だけだ。 生まれてから今まで晴臣は、事あるごとに流してきた涙を、健流に止めて貰った。 (そんな健流を……俺が、泣かせてしまった。健流を、俺が) 晴臣は抵抗を忘れ、呆然とした。もう、ただの幼馴染みには戻れない。 だけど、今行為が進んだところで、このままだと、一生後悔する。 一生、これから一緒に笑えない。 (そうだよ。俺たちは、一生) こんな状況になっても、晴臣に離れる選択肢は一ミリも思い付かない。 健流の事を、好きなのか?自分の想いを、考えた事が無かった。逃げていた。だからさっき考えかけた。 だけど、無駄な事だった。愚問だ。 (俺は、なんて馬鹿だったんだろう! とっくに好きに、決まってる。) 「健流、ダメだ!」 (こんな、ままでなんて!) 晴臣は渾身の力を振り絞り、健流を押し退けた。   真っ暗い部屋に、二人の荒い息遣いだけが響いた。 「健流、話を、」 「……お、み」 ”大丈夫か” いつも問われてきた、健流が紡ぐ唯一の心弱い声と同じトーンで、初めて名を呼ばれた。 晴臣の心に堪えて、胸が張り裂けそうだ。 いつも自分がして貰った様に、涙を流す健流を抱き締めようと、晴臣は腕を伸ばす。 けれど空を切り、健流を触れる事は出来なかった。 力ないその姿は、風にさらわれた様に、カーテンを巻き上げ、ベランダに消えた。 晴臣は乱れた姿のまま、一人残された。
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