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三日後の朝
健流の声が晴臣の玄関に響いた。その様子は、以前と変わらず。
晴臣は喜び溢れ、健流の元へ駆け出した。
話したい事はたくさんあるけれど、通学中にあんな出来事の話を切り出せず、以前の様に下らない話をして歩いた。
休み時間にはクラスに来てくれて、三人で噛み合わない会話で盛り上がれた。
どん底だったここ数日からすれば、待ち望んていた日常が戻り、心落ち着いた。
けれど晴臣の心が満たされる事は無かった。
相変わらず過剰な程に世話を焼き、優しさを見せ、隣で変わらず、晴臣に愛を降り注いでくれる。
見た目は以前と変わりない健流だけれど
傍に来て、隣に居てくれるのに、晴臣にはもう、指一本触れては来なかった。
通学途中、教室でいくらでも話をしてくれるのに
ベランダから晴臣の部屋へ訪れることも無くなった。
(お願い、来てくれよ)
晴臣は、毎夜窓に向かって願を掛け、姿が現れることを祈った。
* * *
結局、大切な事を話すきっかけと場所のないまま
一週間が過ぎた。
「健流……」
あの夜と同じ曜日が巡って来た夜、願いを込め見つめ続けた窓に、晴臣は自ら踏み出した。
晴臣は初めて健流のベランダに侵入しようと試みて、逸る気持ちとは裏腹に、恐怖で足が竦んで動けなくなった。
健流はここから来るのが当たり前で、深く考えた事も無かった。
初めて来てくれたのは、おにぎりを持ってきてくれた小さな小さな頃……
(俺には平気な顔して、こんなに危なくて怖い所を、乗り越えて来てくれてたのか)
晴臣は眼下に見える景色から目をそらし、健流の顔を思い浮かべ、目を閉じる。
気後れする身体に、感情が勝った。
(一秒でも早く、健流に会いたい)
晴臣は一度引っ込めた足に力を入れ、身体を奮い立たせ、乗り越えた。
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