おにぎり

2/3

51人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
【臣、今日どっちの家帰る?】 メッセージが来た。 【そっち】 電車が駅に着く前、一言だけ返す。 送った瞬間既読になった。 (相変わらず早さが怖えぇよ) 次の電車の乗り換え時間は2分しかない。 四番線分向こうまで、晴臣は健流の返事を見る暇なく、ホームの階段を駆け上がった。 家に帰ると、真っ暗だった。 健流はバイトだ。勿論同じ所。勿論、と言ってしまう思考回路に、また樹が笑いそうだけど、流石にシフトはバラバラで。今日は健流が出勤で遅番だ。 (なんやかんや言って、健流のシフトも頭にはいっちゃてるな) 大学は無事単位も足りて卒業出来て、気がつくともうすぐ、社会人としての生活が始まる。 バイト出来るのももう少しだ。この生活も、後もう少し…… 晴臣は大学の間、二つの家を行ったり来たりしている。 生まれ育ったマンション=健流の隣の家と、両親が早期退職して突然スローライフをしたいと言いだし、畑付きの父親の実家=市内の郊外に移った家と。 息子の晴臣も郊外へ一旦は一緒に移ったけれど、マンションが売れるまで、晴臣は管理役兼ねて二重生活をしている。 そんな生活が4年間、結局大学終わるまで続いてしまった。 マンションが……売れなかった。 晴臣だって、生まれてからずっと住んでいて、有る程度便利で…健流の隣の家が良い。 だけど郊外と言っても、小一時間の距離だし、学校でもずっと一緒なのに 実質引っ越しが決まったとき、健流の荒れようったらなかった。二重生活が決まると飛び上がって喜んでいた。 売れないのは、健流の執念なんじゃないかと思う。 その執念のお陰で、晴臣も生家に帰ってこれる事が嬉しかった。 晴臣はひんやりとした暗いリビングの電気をつけた。 ダイニングテーブルの上には、メモとオニギリが置いてある。 【一緒に飯食いたいから、帰るまでこれで腹しのいで待ってて!】 健流が書いたメモと、健流が握ってくれたおにぎり。 今まで数え切れない程、健流の手で握って渡されたおにぎりを、晴臣は手に取った。   *  *  *   小学校に上がって、晴臣は初めての友達の家に行った。勿論、健流も一緒に。 学校に入って仲良くなった友達の家で、ご飯が振る舞われた。 晴臣はとても嬉しかった……のに、食べられなかった。 晴臣自身驚いた。きれいで美味しそうなご馳走を目の前にして、どうしても口に出来ない。 幼稚園まで、他人の手作りご飯を食べたのは、隣の健流の家だけで、それは何の問題も無く食べられた。 だけど、今生まれて初めて知らない人が作ったご飯を目の前に、食べられない晴臣がいた。 「……どしたの?オミ」 小1当時だったけれど、逐一晴臣の様子に気づいた健流が声をかけた。 「べ、べつに、どおもしない……」 そうとしか答えられなかった。自分自身訳が分からなかったから。 周りのみんなが美味しそうに食べるのを見て、晴臣は焦って無理矢理口にした。途端、吐き出してしまった。 パニックになって、大泣きして……その後、どうなって,どうやって帰ったのか何も覚えていない。今だに思い出せない。 ただ、健流はずっと傍にいてくれた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加