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_「思い出したか?」
「うん」
樹の問い掛けに、晴臣は電話越しでも頷いていた。
忘れている訳無かった。けれど、自分にとって忌まわしく良い思い出ではないせいか、脳の隅に追いやっていた。
樹に叱咤され、克明に思い出された。
あの時は、樹にも迷惑をかけた。
バイトも行けなくなり止めてしまったが、自責の念とやはり精神的ショックで、晴臣は暫く学校も休み、引き籠った。
理由の解らない樹は心配して毎日連絡をくれた。自分で説明できない晴臣に代わり、健流が大まかに話した。
久々に学校に行くと、樹は「健流から聞いた」と最小限の言葉と変わらない笑顔で迎えてくれた。
(もう同じ過ちはしないって、あの時約束したのに…)
部長が自分に対してそういう気で誘ったのでないと思いたい。
だけど、もしあの時と同じ様な状況になって、吐いてしまう様な事になれば……
部長が触れられて平気な3人目かも、なんてそんな百万が一の賭けに出る気もない
触られるとパニックになり、きちんと大人対大人として拒んだり断ったりする余裕も出来無い癖に。
(自分可愛さに嫌われるのが怖くて、断れなかった……)
晴臣は携帯を握りしめ項垂れる。
(最悪の事態になって、会社に行けなくなっても理由は言えない。バイトみたいに辞めて、ハイ次…なんて事も出来ない。解ってるのに)
飛び出して行った健流の背中を思い出す。また見えない重荷を背負わせてしまった。
のに、もろともせず晴臣に笑顔だけ残して、意気揚々と飛び出して行った。
強がりなのか、安心させる為なのか「むしろ俺、部長に会える事になってよかった」とまで健流は言っていた。
_「とりあえず、お前に出来る事は健流を信じて待つ事だ。」
「うん…」
_「あんまり気に病むな」
「樹にもまた心配かけて、ごめん」
_「気にすんな。まあ健流は無茶すぎて、俺も半信半疑だけどな。アイツに言うなよ。また絡まれて面倒くさい」
笑って言う樹につられ、晴臣も漸く笑えた。
-おしまい-
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