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定宿にしているのか、本間部長は手慣れた手つきで、目視もせずに薄暗い中、壁にカードキーを差し込んだ。
品が有って清潔な部屋に明かりが灯る。
健流は辺りを見回しながら、口を聞かずただ後についた。
背丈は同じ位の部長の背中は威厳のせいか、大きく感じる。
オーダーなんだろうスーツは身体に合っていて、質のいい生地は柔らかく見え、休日に着ているのに堅苦しく感じない。
健流は自分が今着ている物と比べ、苦笑した。
ホテルの一室に足を踏み入れた途端、部長は踵を返し健流を一瞥した。
会社とは違う髪を下ろしてセットしている姿は、いつもより若々しく感じる。眼鏡も会社とは違う機能性よりデザイン性のある鼈甲柄のお洒落な物をかけていた。
その奥の細めた健流に注がれている冷たい目つきと、ギャップが生じている。
身に着けている物、整えらている眉、手入れされているだろう肌……家庭を持ってないせいか、会社の他の同年代の上司とは違っていた。
本間部長は健流を見て、顔を顰め大きく息を吐いた。
その様子に健流は立ち止まり、黙ったまま背筋を伸ばし直立し、一礼した。
部長は健流のその様子にまた溜息を吐き、身体を投げ出す様に
ラグチェアに腰を落とす。
「顔を上げなさい。事態が理解できないから、君の説明を聞こうと思ったまでだ」
健流は頭を上げ対面した、本間部長の冷徹な表情に息を止める。元々クールな顔立ちが、冷ややかな表情を一層引き立たせていた。
健流は音を立てず細く長く腹の底まで使い、息を吐く。全て吐き出し、飛び込んだ空間の新しい空気を身体に入れ、脳内で言葉を選びながら口を開いた。
「突然の失礼にも関わらず、話を聞いて戴くお許し下さり、本当に有難うございます」
「社交辞令は良いから、率直に本題に入りなさい」
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