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「これ、美味いな。食べてみ!」
「……」
「臣、どした?考えごと?」
「え?なんで」
「爪噛んでるから。いっつもそうだから」
健流が差し出した新製品のお菓子に手を付けず、口元にあった手を掴まれた。
「だって、明日」
(入社式だ)
研修会も暫く続く。知らない人ばかりで、初めてのことばかりだろう。
社会に出る……考え出すと不安が溢れて止まらない。
会社へは、晴臣の実家から遠すぎて通えない。必要最小限の荷物を携えて、売れ残りマンションで当面暮らすことになった。
健流は大喜びで、明日の準備を持ち込んで、晴臣の家から一緒に出社する。
晴臣の心配をよそに、ウキウキとしている健流を眺める。処世術に長けている人間には、こんな気持ち解らないんだろう。
「俺が居るだろ?一緒なんだし。心配すんなって」
「だから、そういうの……俺は健流の力を借りずに、自分で頑張りたいんだ」
「臣、そういう意味じゃない。俺が一方的に力貸すとかじゃなくて! 知らない所でも、二人力を合わせて行こう!」
強がっては見たものの、健流に力強く手を握られて、その温もりに理屈無く晴臣の心が解れてゆく。
「会社は絶対大丈夫。良い会社だ」
「なんでそんな事、分かるんだよ?」
「分かる。俺には」
(俺が受けたから、受けただけのくせに)
自信満々でニヤリ笑いしている健流を、晴臣は訝しげに見つめた。
「色々受けたけど、臣と俺両方を採用したのは、今の会社だけだ。
俺達二人に目を付けて、合格にするなんて、見る目ある会社だと褒めてやりたいな。成長の見込み有る、センス良い会社だと俺は評価した。だから、大丈夫だ。良い会社だから安心しろ」
「お前、どんだけ上から目線で、何様発言なんだよ……」
健流の超人的な思考回路に呆れ果てたけど、一周回って笑えてきた。
(健流の言葉を聞いていると、本当に小指の先位は、そんな気もしてくる不思議)
「臣、そんな事より」
ソファに並んで腰掛けていた晴臣が、あっと言う間に健流の胸の中に引っ張り込まれた。
「見てみ」
健流は掛け時計を指さす。
二人が生まる前から飾っているらしい時計。家具は大半撤去しているけれど、売れ残りの家に居残って時を知らせてくれている。
年季の入った時計の長針と短針が重なり合って…僅かに長針が動き始めていた。
「あ、」
(もう0時過ぎだ!)
明日は初日入社式。
だけど早く寝ようと言えない、思えない。
時計から視線を健流に移すと、嬉しそうな笑顔が視界いっぱいに広がった。
「健流、おめでと」
「臣!!」
ソファになだれ込み、抱き合いながら、浴びるほどキスをして明日の事を忘れた。
ー入社日に続きやすー
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