たそがれのいろ

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 焼け落ちる太陽が、空の裾を橙色に溶かす。  それは昼間の青と滲んで混ざり合って、得も言われぬ色彩を空いっぱいに描き出した。  だだっ広い丘の上の公園には、ベンチがいくつかと葉を落とした桜の木が立っているだけ。肌寒い季節だからか、それとも住宅地から少し離れているからか、そこに人影は無い。この公園が賑わうのは、今は裸の桜が淡く花をつけるその一時だけだ。  瑞希(みずき)は公園の入り口に自転車を停めた。暮れかけた丘の上は思ったよりも寒い。念のために大判の膝掛けとストールを持ってきてよかった。自転車のかごから丸めたそれと熱いコーヒーを入れた水筒を取り上げて、ひとり公園に入る。  何も無い公園は、ぐるりを腰丈ほどの柵で仕切られていた。けれどその柵のずっと先まできれいに手入れされていて、なだらかな斜面の端が視界から消えるそのギリギリまで青くてやわらかそうな下草に覆われているのだ。  まだ高校生だった頃、学校帰りにこの公園まで自転車を走らせて陽が沈むのをずっと眺めていた。本当はいけないのだけれど、柵を乗り越えて青い草の上に座り込んで、ずっと。  あの頃と同じように瑞希は柵を越えた。少し歩いたところで座り込むつもりだったけれど、晩秋の地面はひんやりと冷たい。  おかしいなあ。こんなに冷たかったかなあ。  記憶のなかにはそんな思い出は無いのに。  意地になって下に座っても辛いだけだ。瑞希は柵に腰掛けて、膝掛けとストールを身体に巻きつけた。 「寒ーい」  声に出して言ってみる。 「きれーい」  輪郭の滲んだ大きな夕日が、遠く家々の屋根を照らして眩しい。  その陽が沈んで見えなくなるまで、瑞希はひとり眺めていた。
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