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魔法のような夕暮れの色のなかでなら奇跡が起こるんじゃないか。そんな甘ったれた心を見透かすように、月が冴えた光を落とす。
「ある、よ」
瑞希は震える声を絞り出した。怖くて逃げ出したくなる身体を柵に押し当てて何とか支える。
「あるよ。だって、私の今の一番の関心事はそれだもん」
まっすぐに加奈を見る。怖いけど、それでも欲しいのだからしょうがない。
「加奈がいいの。加奈じゃなきゃ嫌なの。別の人にキスされて、すごくそう思ったの」
まるで風みたいだった。
震える唇に柔らかい衝撃が掠めて。瑞希の両脇に手を突いた加奈が、驚きに見開かれた目を見上げてくる。ちょっと怒ってるような顔だった。
「そんなこと言ってたらキスするよ」
「もうした……」
「煩いわね。いいの? キスするよ」
丘の上の公園には誰もいない。さわさわと乾いた風が吹いて、静かに星が瞬くだけだ。
「加奈がいいの」
掠れた声は甘い吐息に飲み込まれた。最初のキスが、あの頃のキスが、嘘みたいに深く吐息が混ざり合う。
「キスじゃないこともするよ」
ほんの少しの隙間から加奈が言った。
「急すぎ……」
瑞希は抗議したけれど、加奈は受け入れる気が無いらしい。
「だめ」
背伸びをした加奈が、瑞希のまぶたに、頬に、接吻けを落とす。
「何かある度に放り出されたらあたしの神経が持たない。だから、瑞希が逃げ出しそうなことは今夜まとめて終わらせるの。逃げ出すのなら今にして。今ならまだ見逃してあげる」
そんなことを言いながら、加奈の両腕は瑞希を閉じ込めたままだ。
「もう逃げないよ」
「どうかなあ。瑞希は狡いからなあ」
くすくすと加奈が笑う。あったかくてやわらかくて、優しい声で。
だから瑞希は、両脇に垂らしていた手を持ち上げて加奈の背に回した。
「あのね、加奈」
「なあに?」
黄昏の魔法はもう無いけれど。十一月の小高い丘の上は寒くて凍えそうだけど。寄り添ってくれる加奈がいるから。
「好き」
だから言える。今はまだ無理かもしれないけど、いつかおひさまの下でも堂々と言えるようになればいいな、と思う。
「な……」
「加奈が好き。大好き」
絶句する加奈が可愛くて。
「狡い。瑞希は狡いよ」
真っ赤な顔でぷりぷりと怒る加奈が可愛くて。
「加奈は?」
背中に回した手で、加奈のコートをぎゅっと掴んだ。
【了】
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