たそがれのいろ

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 チャイムが鳴って挨拶が終わると、教室は俄かに騒がしくなる。瑞希は帰り支度をしながら、教室を出てゆくクラスメイトたちに手を振った。  少しゆっくりめに支度をしているのは待ち人がいるからだ。教室に残っているのが半分くらいになった頃に、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえる。 「廊下を走っちゃダメだぞー」  ひょっこりと顔を覗かせた友人に瑞希は笑い掛けた。 「だってー」  息を切らせた加奈(かな)が唇を尖らせる。大急ぎで帰り支度をして駆けてくる加奈は健気だ。  別に毎日迎えに来なくたっていいのに。一緒に帰るにしても、下駄箱あたりで落ち合えばいい。なのに加奈は首を振るのだ。  小柄な加奈は可愛らしい。「やだ」とか言って頰を膨らませたりすると、あざといくらいに可愛い。それを見たくてグズグズと残っている男子が何人かいるのを瑞希は知っていた。 「早く瑞希に会いたくて」  そのセリフは加奈目当てに残ってる誰かに言ってやりなよ。  瑞希は肩を竦めた。  そうは言っても、懐かれて悪い気はしない。  瑞希はカバンを持ち上げて加奈の待つ廊下へ出た。  いつの間にか、天気のいい日は丘の上の公園に寄って帰るのが日課になっていた。ちょっと遠回りになるのだけれど、途中のコンビニでお菓子や飲み物を買って公園の入り口で自転車を停める。  加奈の家は丘を下ってすぐのところにあって、瑞希の家はそれよりももう少し遠い。 「いつ来ても誰もいないねえ」  教科書の詰まった重い鞄は自転車に載せたまま、サブバッグだけ提げて塀を越える。短いスカートがめくれたりもするけれど、どうせ誰も見ていない。  サブバッグのなかからレジャーシートを出して敷いて、お互いの間に買ってきたお菓子を広げた。スマホで音楽をかけてたまに口ずさむ。周りに民家があるわけでもないのでイヤホンなんかは使わない。音量は少し下げておしゃべりの邪魔にならないように。  夏は日が長いので明るいうちに別れたけれど、春や秋には夕日が落ちて暗くなるまで話し込んだ。冬は寒すぎてちょっと辛いから、ときどきベンチに座ってあったかいココアを飲むくらい。そのうち寒さに耐えかねて引き上げた。  九月の終わりのまだちょっと暑い日だった。いつもみたいにお菓子を買って、間に置いて食べながら他愛もない話をしていた。大きな橙色の太陽が連なる屋根の向こうに見える海に沈みかけていて、でも空はまだ明るかった。  瑞希は偶然だと思ったのだけれど、もしかしたら違ったかもしれない。お菓子に伸ばした手がたまたま触れ合って、なぜか絡まった。びっくりした瑞希はまず繋がれた手を見て、それから加奈の横顔を見た。  加奈はすごく緊張した面持ちで、赤い空に照らされてまっすぐに前を見ていた。そのとき瑞希のなかに芽生えた感情はちょっと表現し難い。  一番よかったのは、笑って冗談にすることだったのかもしれない。加奈が何を思って瑞希の手を握ったにしろ、そうすればふたりはずっと友達だったと思う。 「加奈?」  だけど不意に湧いた優越感が、瑞希の手に力を込めさせる。加奈を慕う男の子たちの顔を思い浮かべながら瑞希は加奈の手を握り返した。  見開かれた加奈の目がやがて潤んで。  ふたりの関係が変わったのは、いいことだったのかそうでなかったのか。それは今でも分からない。
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