たそがれのいろ

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 日々はそんなに大きくは変わらなかった。放課後になれば加奈が迎えに来て、コンビニでお菓子を買って、音楽を聴いて、話をする。  日が沈んで暮れなずむ空が、溶けた日の光の色を紫色に変えてゆく。指先が触れて、絡んで、ふたつの影が少しだけ重なる。  ふたりの関係に名前をつけることは難しかった。友達の枠は越えてしまったように思うけれど、ではそれ以上かと問われると瑞希は答えられない。そもそも瑞希はその先を望んでいない。とても想像できないし、取り返しがつかなくなるような気がして怖かった。  あの日手を握り返したことを何度も後悔した。それなのに握った手を離すことはできない。まるで小さな子供みたいに、ひとりよがりな独占欲が心を占める。何ひとつ与える気がないのに、相手の全てを欲しがるような。 「みーずき」  放課後、加奈がひょっこり顔を出す。 「一緒に帰ろ」 「うん」  約束なんてしていない。約束なんてしなくても当たり前に加奈は迎えにくるし、瑞希は加奈を待ってゆっくりと帰り支度をする。 「もうすぐテストだねー。どうしよう。数学全然分からない」  階段を並んで降りながら加奈が眉を寄せた。 「そうなの? 教えてあげようか」  人に教えたことなんてないけれど、瑞希は割と数学が得意だ。 「え。いいの?」 「うん。一緒に勉強しよう」 「うわー助かる! 瑞希頭いいもんねえ。……あ」  満面の笑みで瑞希を見上げた加奈の表情がちょっと曇る。 「あたしは助かるけど、瑞希には面倒なだけだね。あたし、邪魔にならない? 瑞希の邪魔はしたくないなあ」  下駄箱に上履きを仕舞いながら瑞希は笑った。 「ならないよ。加奈は可愛いねえ。人に教えると復習になるって言うし、問題ない」 「ほんと?」  途端に加奈は笑顔になる。  笑ったり、困ったり。たまに怒ったり。加奈は感情の表現がストレートで羨ましい。瑞希はなかなか思ったことを表に出せない。相手の顔色を窺ってしまうし、大概の感情は飲み込んでしまう。 「ほんとだよ。どうする? 図書室戻る?」  話しながらもう靴を履いてしまっていたから、ちょっと億劫だけど。勉強をするなら静かなところがいい気がする。 「うちでもいい?」  少し考えて加奈が言った。 「いいよ」  深く考えずに瑞希は答えた。 「よっし。じゃあ、お菓子買って行こう」 「お菓子って」  瑞希は笑った。 「腹が減っては戦はできぬのじゃー」  加奈が小さな拳を振り上げた。  加奈の部屋は綺麗に片付いていて、でもそんなに女の子らしいという感じではなかった。ちょっと意外だな、と瑞希は思う。なんとなく、ふわふわとしたピンクと白と淡い青のイメージだったのだ。晴れた春の日の空のような。  けれどくすんだ紫色のカーテンも淡いグレーのラグの上に置かれたガラステーブルも、カーテンの色に合わせたみたいなシーツの色も。落ち着いて大人っぽい雰囲気を醸し出している。学習机だけが、小学生の頃のまま子どもらしらを湛えていた。 「さあ、やるぞー」  部屋の雰囲気とは対照的に、はしゃいだ態度で加奈が教科書を広げる。てっきりお菓子を食べてから取り掛かるのかと思っていたら意外にやる気に満ちている。瑞希も笑って参考書を開いた。  数学が分からないと嘆いていた加奈は随分前から躓いていたようだ。分からないというところを説明して。その説明がそもそも分からないと言うのでまたひとつ遡って。そんなことを繰り返してカナの理解を探ってゆく。回りくどいようだけど結局それがいちばん早い。脆い土台にいくらレンガを重ねても不安定に揺れて崩れるだけだ。  結局お菓子なんて食べずに暗くなるまで勉強した。勧められるままに夕飯までご馳走になって、思わず長居してしまったのだった。
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