たそがれのいろ

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「終わったーっ」  夕方の公園で、テストの打ち上げ会をした。と言っても、いつもの通り。お菓子を並べて音楽をかけて、それから他愛もないおしゃべり。テストの終わった開放感で、いつもよりちょっぴりはしゃいでいるくらい。 「ありがとう。瑞希のお陰で乗り切れたよぉ」  ぎゅっと腕にしがみついてきた加奈の頭をくしゃっと撫でる。 「ほんと頑張ったもんね。えらいぞー」 「えへへー」  加奈の体温はやわらかくて心地好い。肩口に預けられたちょっと色素の薄い栗色の髪からは甘い匂いがする。初夏の風が爽やかに駆け抜ける。まだまだ沈む気のない太陽が、半袖のブラウスから伸びるしなやかな腕を焼く。 「ありがとう。大好きー」  触れ合った剥き出しの腕が熱を帯びる。加奈の声は少し震えていた。天真爛漫に見える加奈が、時折慎重に言葉を選ぶことに瑞希は気づいていた。どんな言葉を返して欲しがっているかも分かっていた。 「この調子で受験まで頑張ろうね!」  知っていて、気づかない振りをする。 「瑞希は鬼だね!」  体を離した加奈が空を仰いだ。 「愛の鞭だよー」  汗ばんだ肌を風が撫でていって。瑞希はほっと息をついた。  不思議なのだけれど。陽が落ちて橙が藍に飲み込まれてゆく僅かな時間だけ、瑞希は加奈を受け入れられた。指が絡むのも頰に触れられるのも、とても自然なことのように思えた。  昼の日の光のなかでは、それがたちまち異端に映る。瑞希は人の目を気にする質だ。夜の闇のなかには恐ろしくて踏み出せない。臆病は身を守る術だと自分に言い訳をする。  約束も無く。言葉も無く。  束の間の茜色のように、それは頼りなく滲んでいた。
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