たそがれのいろ

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 陽が沈んで、橙から茜に移ろう空が上の方から藍を流して複雑な色合いを描いてゆく。空の色はあの頃と少しも変わらないのに瑞希は独りだ。膝に置いたスマホの画面は暗いまま。それはそうだろう。今更、虫がいいにも程がある。  進学を言い訳にして瑞希は逃げた。地元を離れれば、必然的に加奈との距離も遠ざかる。  コーヒーの水筒を肩から提げたバッグに押し込んで、瑞希はスマホを取り上げた。タップすると先ほど送ったメッセージが表示される。沈んでゆく太陽と、身勝手なひと言。既読はついているけれど返信は無い。 「まあ、当たり前だよね」  当たり前すぎて笑える。バカみたい。  あの勉強会の後から、放課後訪れる場所に加奈の部屋が加わった。やることは変わらなかった。お菓子を広げて音楽を聴いて、おしゃべりをして笑って。だけど加奈の部屋は明るい。日のある間はその光が。夜は蛍光灯の明かりが。  手を握られるのも抵抗があった。隠してはいたけれど、隠せていなかったと思う。加奈は案外鋭い。  キスしたことが無かった訳じゃない。黄昏の丘の上では、躊躇いがちに寄せられる震える唇は愛おしくさえあった。  だから明るい部屋で同じことをされたとき大袈裟に拒絶したのは瑞希が悪い。きっと傷ついたであろう加奈を責めて更に苦しめたのも瑞希が悪い。なんとか取りなそうとする加奈に冷たく接したのも瑞希が悪い。なんとなく疎遠になっても加奈は歩み寄ろうとしてくれた。逃げるように進学した先にもメッセージをくれたのに、瑞希はおざなりにしか返さなかった。  だから、やがてそれが途絶えたのも当然のことだ。
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