昼と夜の狭間の色

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昼と夜の間といえば夕方だ。 オレンジ色、紫色、ピンク色、セピア色、そんな色が思い浮かぶ。 でも俺は一度だけ、緑色の夕焼けを見たことがある。 サッカーに夢中になって、かーちゃんに帰ると約束した時間を大幅に過ぎてあわてて高台からチャリで家に向かっていたときだ。 沈む瞬間の太陽が、ほんの一瞬だけ緑色に光ったんだ。 「え?」 何かの間違いだと思った。 太陽は緑色じゃない。 おバカな小学生の男子でもそんなことは知ってる。 もしかしたら、宇宙人が攻めてくるかも。 異次元から怪物がやって来て、戦わなきゃいけないことになるかも。 そんなことのなる前に、早く家に帰ってお宝のキラカードを逃げるときに持ち出せるようにしないと。 俺はゆったりとした坂をペダルをこいで加速して降りた。 まあその結果、見事にずっこけて、腕の骨を折るというバカをやらかしたんだ。 折りかたが悪かったらしく、しばらく入院することになった俺のところに来た友達に、その緑の夕焼けの話をした。 でも、誰も信じてくれなかった。 友達が帰った後、隣のベッドの痩せて小さな女の子が、本を見ながら「それ、グリーンフラッシュっていうんだよ」とボソッとおしえてくれた。 ある条件が揃うと、太陽の光線の加減で、日が沈むほんの一瞬だけ太陽が緑色に見えるんだそうだ。 「それを見た人は幸せになれるんだよ」 本から視線を話さず言う様子は、ちょっとマンガの天才キャラっぽくてかっこよかった。 女の子だけど。 「じゃあ俺、幸せになれるかな?」 「十分幸せじゃない」 「骨折ったのに?」 俺との会話に飽きたのか、女の子は本を置くと、俺に背を向け布団に潜り込んだ。 ベッドのところの名札には、なんか難しい漢字の名字に、美保、と書かれてた。 「美保ちゃん寝んのか? もうすぐ夕飯ってナースの姉ちゃん言ってたぞ」 「あんまり食べたくない」 「マジか?」 「食べたかったら、私もぶんも食べていいよ」 「それは悪い。でも美保ちゃんが食って残すなら食う」 「私も食べないとダメなの?」 「お残しは許しませんで~! だから残したぶんは俺が片付けるよ」 子供なら誰でも知ってるアニメのおばさんの真似をしたら、美保ちゃんはちょっと笑ったようだった。 俺が退院の人、美保ちゃんのベッドは重病な人が入るところに移動になった。 ボーッとして、マスクを口に付けられた美保ちゃんとは、さよならの挨拶も出来なかった。 「美保と色々お話ししてくれたんですってね、ありがとう」 いつも怒ってるうちのかーちゃんとは違って、元気の無さそうな美保ちゃんのお母さんが俺に話しかけてきた。 「隣にいる子が面白い男の子だ、って。あの子、普通の学校に行けたことがないから、普通の学校の話が聞けて、楽しかったみたい」 おばさんの話だと、美保ちゃんは難しい病気で、入院してることが多いらしい。 「うちの子が騒がしくてすみませんでした」 荷物をまとめていたかーちゃんが、おばさんと話を始める。 腕が折れたってすぐに学校に戻れる俺は、美保ちゃんにとっては、幸せな人なのかもしれない。 あの日、グリーンフラッシュを見たのが、俺じゃなくて美保ちゃんならよかったのに。 胸の奥が何だか苦しかった。 3日後、俺は病院にまた行った。 診察もあるけど、その後かーちゃんに頼み込んで、美保ちゃんのお見舞いに行かせてもらったんだ。 美保ちゃんはマスクやコードに繋がれて、苦しそうで、直接会えなかったけど、ナースの姉ちゃんが俺の描いた絵を渡してくれた。 俺は絵がヘタクソだ。でもあの一瞬の光を思い出して、一生懸命描いた。 手もギプスも絵の具まみれになったけど、かーちゃんはげんこつを落とす代わりに、タオルで汚れを落としてくれた。 絵を渡された美保ちゃんはガラスの向こう側から俺を見て、嬉しそうに笑った。 ナースの姉ちゃんがさっそく壁にその絵を飾ってくれる。 俺が幸せになるんじゃあなくて、美保ちゃんが学校に行けるようになって欲しい。 そう思って描いたんだ。 多分、俺は美保ちゃんが好きだったんだと思う。 でもそれに気づくにはあまりにもアーパー過ぎて、学校に戻ってからは、ギプスにいかにウンコを描かれないように逃げるかに必死で、美保ちゃんのことは、時々思い出す位だった。 元気になってるといいな、って思いながら。 そして20年の時間が過ぎて、俺はアーパー男子から多少は成長して、結婚して子供も二人いて、とごく平凡な生活を送っていた。 休日の昼下がり、コーヒーを飲みながら、子供の相手をしつつ、ドキュメンタリー番組を見ていた。 日本が誇る若き天才科学者とかいうまあどうでもいい番組で映った画像に、俺は釘付けになった。 研究室の壁にきれいに額装されて飾られているのは、紛れもなく俺の描いたあのヘタクソなグリーンフラッシュの絵だった。 「この絵のお陰で、諦めずに頑張ってこられたんです」 テロップの名前は山田美保。 ああ、名字変わってるから、結婚したのか。 大人になったら、本当の天才キャラになったのかー、とオレは画面から目が離せずにいた。 何でも新しい薬を開発したとかで、その薬の名前がミツルグリン……充という俺の名前が入っていた。 「私はあの時、もう病気は治らない、死ぬんだって子供ながらに闇の中にいたんです。でもグリーンフラッシュを見た充くんが、私を励まそうとこの絵を描いてくれて……この緑が私を明るい世界にもどしてくれたんです」 その後、何だか感動的なナレーションが続いたけど、よく覚えてない。 そうか。 グリーンフラッシュを見たら幸せになれるっていう伝説は本当だったんだなあと、しみじみと噛み締めていた。
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