泣き虫の落としもの

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◼️◆◼️◆◼️◆◼️◆ 霊園の隣にある公園のベンチに、一人の女性が座っています。どうやら、墓参りを終えた後のようです。 女性の家は母子家庭でしたが、母親が懸命に働き、大学まで出してもらっていました。大学を出た後は化粧品会社に就職し、優しい男性と社内恋愛で結ばれ、今は5歳の娘がいます。 その母親が先日、亡くなり、今日納骨を済ませてきたところでした。夫と娘は公園を散策しています。 ベンチの横を見るとかわいらしいテントウムシのブローチが置いてあることに気がつきました。何となく惹かれるように、そのブローチを手に取ってみました。 『君にはわたしが必要そうだね。力を貸してあげる』 突然心の中に響いてきた言葉。 その瞬間、母との思い出が詰まった心の扉の鍵が何かに開けられたような感じがしました。 途端に溢れ出てくる母との思い出たち。 母と毎日2人で歩いた保育園までの道のり 2人では食べ切れないほど作ってくれた運動会のお弁当 母の手作りのワンピースを着て、ご機嫌で参加した親子バス旅行 中学校の制服を初めて着て写真屋さんに2人で記念写真を撮りに行ったこと 初めて告白した相手に振られた日に、一緒にやけ食いしてくれたこと 高校の文化祭の時、演劇部の発表会で主役を演じた時にこっそりとバレないように見にきていた母の姿 大学の卒業式の後、もう一人前だね、と嬉しそうに寂しそうにつぶやいたこと 結婚したいと夫を連れて行った時の母の嬉しそうな笑顔 初めてわたしの娘を抱っこした時の優しくて嬉しそうな母 何もかもが輝いていて、掛け替えのない思い出でした。 「お母さん……」 そう呟いた女性の頬を、一筋の涙が伝いました。 とめどなく溢れてくる涙。 「ママ、どこか痛いの?」 散策を終えて戻ってきた娘が、女性が泣いているのを見て聞いてきました。 「やっと泣けたね」 夫が女性の横に座って背中を撫でてくれました。 そう、女性は母が死んでからなぜか泣けなくなっていました。心の中は悲しみでいっぱいだったのに、心の中で鍵を掛けられてしまったように全く涙を流せなかったのでした。 「ママ、それなぁに?」 娘が女性の手の中にあるブローチを見つけ聞いてきました。 何の変哲もない、小さなテントウムシのブローチ それでも女性は気づいていました。 「これはね、"泣き虫"っていうんだよ。誰かの泣き虫の半分が付いているんだよ」 「えっ、それテントウムシだよ。泣き虫じゃないよ」 娘のそんな言葉に、女性の顔にふっと笑みが溢れてきます。 「ううん、これはね、泣き虫って言うんだよ。ママも小さい頃、ママのママから教わったんだよ。ママの時は棒だったけれどね」 「棒?」 「そうだよ。甘えん棒とかを素敵な女性になるために、この公園に落としてきてたんだ」 女性は尚も溢れ出る涙を拭いながらそう話しました。 「そうか、その"泣き虫"も誰かの素敵な落としものなのだろうね」 そんな夫の言葉に頷く女性。 「さくらの落とした甘えん棒も、きっと誰かにとっての素敵な落としものだったんだろうね」 あなたの周りをちょっと見回してみませんか。 誰かの素敵な落としものがあるかもしれませんよ。 『さくらちゃんの素敵な落としもの』 【了】
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