第一話 アリとキリギリス

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「そうよアントン……」  母アリが父アリの (いか)りをフォローするように、 (やさ)しく顔を()けます。 「働きもしないで毎日遊んでばかりのダメ 昆虫(こんちゅう)。私たちはちゃんと働いてるから、食べ物にも (こま)らないし、生きていく 心配(しんぱい)をしないですむでしょ? でもああいうダメ昆虫はその 日暮(ひぐ)らしで、明日のことを考えないからいつか 後悔(こうかい)する日が来るのよ……『ちゃんと働いてれば良かった』って。あんな大人になっちゃダメよ?」 「……うん」  アントンは両親の話をキョトンとしながら聞きましたが、とにかくギリィとはお話をしちゃいけないってことと「あんな大人」にならないように、毎日しっかり働かなきゃと思いながら (うなず)きました。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  次の日も、また次の日も、アントンは父アリ達と 一緒(いっしょ)一生懸命(いっしょうけんめい)働きます。食べていくために、冬が来ても困らないために、生きていくために……。アントンは (まわ)りのアリ達と一緒に働き続けました。    そんなある日のこと…… 「今日はさすがに食料集めには行けないなぁ……」  グループリーダーのアリが、巣穴の外の様子を見て言いました。大雨になって、巣の周りは大洪水になっています。 「よし! 今日は巣穴内の 浸水対策(しんすいたいさく)をやるぞ!」  巣の中まで水が押し寄せて来ても、食料や 通路(つうろ)がダメになってしまわないための工事をすることになりました。 「お前たちは巣穴の入口周りを 整備(せいび)して来てくれ!」  リーダーからの指示で、アントンは何人かのグループで巣穴入口へ向かいます。入口に着くと、他のグループからも人が集まっていました。作業はどんどん進められています。雨水に ()ね上げられた土砂(どしゃ)が、通路の中まで入り込んで来ています。それらを穴の外に出すのがアントン達の仕事です。 「うわ……外はこんなに……? ひどいなぁ……」  アントンは穴の外に石を投げ ()てる時、目の前に広がる大きな川に気が付きました。いつもは草の森が広がっている場所が、一面「ゴォ!ゴォ!」と音を (ひび)かせて流れる川になっていたのです。 「これは (ひど)いな……おい坊主! 足元に気を付けろよ。流れに飲まれたら、どこまでも流されてしまうぞ!」  次々と土砂を運んでいるアリ達の中から声を掛けられたアントンは、「ブルブルッ!」と身を震わせ、急いで作業に戻りました。  ……もう何時間おなじ作業を続けているのか分かりません。通路の石を 背負(せお)っては、巣穴の入口から外に出すという作業を繰り返す内、アントンは段々と足腰が疲れて来ました。 「あ痛たたぁ……」  大きめの石を巣穴外に投げ捨て、アントンは腰を伸ばしました。  おや?  通路からどんどん投げ出されていく土砂の 岸辺(きしべ)に、色鮮(いろあざ)やかな黄色い何かが落ちている事に気が付きました。  あれは一体……何だろう?   しばらくそれを見ていると……  パタ……パタ……  あっ動いた! あれって…… (ちょう)?  アントンはその正体が気になりました。周りのアリ達は気付かずに作業を続けています。  ……よしっ!……もう少し近くに行けば分かるかも……  アントンは巣穴の外に (きず)かれた土砂の壁を、注意深く降りていきます。  やっぱり! 黄色の蝶の羽だ! 土砂に埋もれてるけど……羽を動かしてるのならまだ生きてるのかも……  アントンは「それ」の正体が分かると、今度は早く身体の部分を確認したいと思い、急いで土砂の (がけ)を降りていきます。……が、黄色モンシロチョウの羽だと思っていたヒラヒラは、ただの黄色い花びらでした。それが雨水と風に (もてあそ)ばれて、ヒラヒラ動いて見えていたのです。 「なぁんだ……花びらか……チェッ!」  そう呟くとアントンは、巣穴の作業場へ戻ろうとしました。その時……  ゴ……ゴゴ……ゴ……ゴ  何やら不気味な音が聞こえ、足元がグラグラ揺れ始めます。
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