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「これ……アイツからもらった練習用のなんだよね……」
リンはバイオリンを 嬉しそうに見つめながら言いました。
「でもさ……いざやり始めて見ると…… 難しいんだわ、これが! アイツも演奏は上手だけど、人に教えるのは全然下手クソでさ!……まだまともな音出しも出来てないんだよねぇ……」
残念そうに言いながらも楽しそうな笑顔をリンは見せ、バイオリンをケースに戻しました。
「やっぱり女のあたしには無理なのかも……なんて思う日もあるんだよね……実際さぁ……。でも、そんな時にいつもアイツは楽しそうに言うんだ。『お前が納得出来るまでやれば良いよ』ってね。で、その度に自分が納得出来てるだろうかって考えると……まだやりたいって気持ちの方が強いって気づくんだ……アイツみたいな演奏家に絶対になってやるって気持ちにね」
リンはバイオリンケースを手で優しく 撫でました。
「ギリィはさ……とにかく毎日楽しそうに過ごしてるだろ? あたしみたいに悩んだり苦しんだり悲しんだりせずにさ……。その生き方が気になってね……。アイツみたいに生きられるようになれば……あたしもアイツみたいな演奏家になれるんじゃないかって……だからそばにいるんだよ。どうせ教えちゃくれないからさ……見ながら 盗んでやろうって思ってね」
「そうなんですか……」
アントンは何となくリンの気持ちが分かるような気がしました。それが 何故かは分かりませんが……ギリィから感じる「特別な楽しさ」を、自分も手に入れたいという気持ちになっていました。
「さて……あの黒アリはまだしつこくあたしらを 捜してんのかねぇ……」
リンは 洞窟からソッと顔を覗かせ、外の様子を探ります。その時、静かなバイオリンの音色が風に乗って聞こえて来ました。
「あっ……ギリィさんの……」
アントンも穴から顔を出しました。リンは穴の外に出ると、急いでケースからバイオリンを取り出し弓を弦に当てます。
ギーコ……ギコギー
「うわっ!」
唐突に鳴り出した異音にアントンは驚き、急いで耳を 塞ぎました。
「あら? 今日は良い音が出たわ……」
リンは「音が出た」ことに 御満悦な様子です。しばらくすると草の上からギリィが跳び降りてきました。
「よぉリン! お前の『声』、今日は良い調子じゃねぇか!」
「あいつらは?」
ギリィからの評価には特に応えず、リンは黒アリたちの動向を尋ねます。
「お前らを追いかけてたヤツは向こうでノビてる。最初の2匹は仲間んとこまで帰ってったみてぇだな」
「もう1匹は?」
バイオリンをケースにしまいながら確認したリンの質問に、ギリィは言葉を選ぶようにしばらく間を置き答えました。
「……大事な『お客さん』を……1人失っちまったよ」
リンはギリィの羽にそっと手を 載せ、優しく撫でます。
「……そう……残念ね……」
「あの……大丈夫ですか?」
2人のやり取りを聞いていたアントンが声をかけました。2人はアントンの存在を思い出してハッとすると、取り 繕うように笑顔を浮かべます。
「ま、何だな……。とにかく早いとこ移動しちまおうぜ! まだここいらは奴らの縄張りだろうからよ!」
ギリィの呼びかけにリンも同調すると、アントンのそばに来て手を握りました。
「さっきの川には戻れないし……しばらくはあたし達と一緒においで!」
3人は黒アリ達とは反対方向の草の森に向かい、急ぎ足でその場から離れて行きました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日の間に、3人はすっかり仲良しになりました。
ギリィは 暇が有っても無くても、思いついたようにバイオリンを奏でます。楽しい曲、元気な曲、眠りへと誘う優しい曲に、心が 締め付けられて涙がこぼれてしまうような曲……アントンはすっかりギリィの演奏のファンになりました。
「ほらよアントン! 食料見つけてきてやったぜ!」
一緒に旅をしている間に分かった事があります。それは、ギリィは父アリ達が言うように「遊んでばかり」ではないということでした。自分が食べるための草だけでなく、リンやアントンの食料を見つけるのも得意です。
「ありがとうございます、ギリィさん!」
「あんたはホントに鼻が利くねぇ」
アントンとリンからの感謝や 称賛を受けると、ギリィはものすごく喜びました。嬉しくって仕方が無いとでも言うように、すぐに曲を奏でます。
「よぉし……あたしも!」
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