第三話 それぞれの音色

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「これ……アイツからもらった練習用のなんだよね……」  リンはバイオリンを (うれ)しそうに見つめながら言いました。 「でもさ……いざやり始めて見ると…… (むずか)しいんだわ、これが! アイツも演奏は上手だけど、人に教えるのは全然下手クソでさ!……まだまともな音出しも出来てないんだよねぇ……」  残念そうに言いながらも楽しそうな笑顔をリンは見せ、バイオリンをケースに戻しました。 「やっぱり女のあたしには無理なのかも……なんて思う日もあるんだよね……実際さぁ……。でも、そんな時にいつもアイツは楽しそうに言うんだ。『お前が納得出来るまでやれば良いよ』ってね。で、その度に自分が納得出来てるだろうかって考えると……まだやりたいって気持ちの方が強いって気づくんだ……アイツみたいな演奏家に絶対になってやるって気持ちにね」  リンはバイオリンケースを手で優しく ()でました。 「ギリィはさ……とにかく毎日楽しそうに過ごしてるだろ? あたしみたいに悩んだり苦しんだり悲しんだりせずにさ……。その生き方が気になってね……。アイツみたいに生きられるようになれば……あたしもアイツみたいな演奏家になれるんじゃないかって……だからそばにいるんだよ。どうせ教えちゃくれないからさ……見ながら (ぬす)んでやろうって思ってね」 「そうなんですか……」  アントンは何となくリンの気持ちが分かるような気がしました。それが 何故(なぜ)かは分かりませんが……ギリィから感じる「特別な楽しさ」を、自分も手に入れたいという気持ちになっていました。 「さて……あの黒アリはまだしつこくあたしらを (さが)してんのかねぇ……」  リンは 洞窟(どうくつ)からソッと顔を(のぞ)かせ、外の様子(ようす)を探ります。その時、静かなバイオリンの音色が風に乗って聞こえて来ました。 「あっ……ギリィさんの……」  アントンも穴から顔を出しました。リンは穴の外に出ると、急いでケースからバイオリンを取り出し弓を弦に当てます。  ギーコ……ギコギー 「うわっ!」   唐突(とうとつ)に鳴り出した異音にアントンは驚き、急いで耳を (ふさ)ぎました。 「あら? 今日は良い音が出たわ……」  リンは「音が出た」ことに 御満悦(ごまんえつ)な様子です。しばらくすると草の上からギリィが跳び降りてきました。 「よぉリン! お前の『声』、今日は良い調子じゃねぇか!」 「あいつらは?」  ギリィからの評価には特に応えず、リンは黒アリたちの動向を尋ねます。 「お前らを追いかけてたヤツは向こうでノビてる。最初の2匹は仲間んとこまで帰ってったみてぇだな」 「もう1匹は?」  バイオリンをケースにしまいながら確認したリンの質問に、ギリィは言葉を選ぶようにしばらく間を置き答えました。 「……大事な『お客さん』を……1人失っちまったよ」  リンはギリィの羽にそっと手を ()せ、優しく()でます。 「……そう……残念ね……」 「あの……大丈夫ですか?」  2人のやり取りを聞いていたアントンが声をかけました。2人はアントンの存在を思い出してハッとすると、取り (つくろ)うように笑顔を浮かべます。 「ま、何だな……。とにかく早いとこ移動しちまおうぜ! まだここいらは奴らの縄張りだろうからよ!」  ギリィの呼びかけにリンも同調すると、アントンのそばに来て手を握りました。 「さっきの川には戻れないし……しばらくはあたし達と一緒においで!」  3人は黒アリ達とは反対方向の草の森に向かい、急ぎ足でその場から離れて行きました。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  数日の間に、3人はすっかり仲良しになりました。  ギリィは (ひま)が有っても無くても、思いついたようにバイオリンを奏でます。楽しい曲、元気な曲、眠りへと誘う優しい曲に、心が ()め付けられて涙がこぼれてしまうような曲……アントンはすっかりギリィの演奏のファンになりました。 「ほらよアントン! 食料見つけてきてやったぜ!」  一緒に旅をしている間に分かった事があります。それは、ギリィは父アリ達が言うように「遊んでばかり」ではないということでした。自分が食べるための草だけでなく、リンやアントンの食料を見つけるのも得意です。 「ありがとうございます、ギリィさん!」 「あんたはホントに鼻が利くねぇ」  アントンとリンからの感謝や 称賛(しょうさん)を受けると、ギリィはものすごく喜びました。嬉しくって仕方が無いとでも言うように、すぐに曲を奏でます。 「よぉし……あたしも!」
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