第三話 それぞれの音色

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 時々、気持ちが抑えられなくなると、リンもギリィからもらったバイオリンを取り出し自分の「想い」を奏でようとしますが……  キーグゥイー……ギギギ……キー  ギリィが奏でる音色とは違い、楽器とは思えない強烈な異音にアントンはついつい顔を (ゆが)ませます。それでもギリィは笑顔のままで演奏を続け……リンの鳴らす音を、まるで効果音のように聞かせる新しい曲を 即興(そっきょう)で作り出して行きました。 「ギリィさんのバイオリンって……ホントに (すご)いですよね!」  月の光に照らされながら、草の上で静かな曲を奏でているギリィを見つめ、アントンはリンに語りかけました。 「……アイツの演奏は最高さ! 技術もだけどさ……アイツの中に在る『魂の声』が伝わって来るんだよねぇ。喜びも (うれ)いも……叫びや祈りがさ……」  リンが感じて表現している言葉は、アントンにとってまだ難しいものでしたが、それでも何となく「同じ感動」を共有しているということは伝わってきます。 「みんな……どうしてギリィさんのことをあんなに悪く言うんだろう……。こんなに凄い人なのに……」  アントンの呟きに、リンは軽く笑って同意を示します。 「人の好みってのは人それぞれ違うのさ。あたしの仲間の中にだって、ギリィのファンも居ればアイツを大嫌いな奴もいる……。アントンの周りの大人は特に……合わないんだろうね、アイツの生き方とはさ……」  アントンは両親のことを思い出しました。 「ギリィさんは……自分のことを嫌ってる人を……どう思ってるんだろう……」 「は? ああ……アイツは馬鹿だからねぇ。自分以外は全員『お客さん』だって思ってるよ」 「お客……さん?」  アントンはキョトンとして聞き返します。 「そ、お客さん。自分という演者の演奏を聞いてくれる大切なお客さんだってさ」 「そうなんだ……みんなに嫌われててもそんな風に考えられるなんて……凄いなぁ」  アントンは、草の上で演奏を続けているギリィを見上げました。 「だから……アイツを嫌ってるのは『みんな』じゃないよ。アイツを認めてる人だっているんだ。あたしたちみたいにね。だろ?」  微笑みながらウインクをするリンに、アントンも笑顔でうなずきます。 「うん! そうですよね!……いいなぁ……。僕もギリィさんやリンさんみたいに、自分の思いを表現出来るような楽器がひけたらなぁ……」 「別に楽器じゃなくても良いんだぜ?」  いつの間にか演奏を終え、2人のそばに来ていたギリィが語りかけます。 「でも……僕は……なにで表せるのかなぁ……自分の心を……。全然思いつかないや……」  アントンは困ったように悲し気な声で呟きます。 「ほらギリィ! アントンが困っちゃったじゃないの! 子どもに分かりやすく教えて上げなよ!」  ギリィはリンからの 指摘(してき)を受けると苦笑いを浮かべ、言葉を選ぶように続けます。 「楽器をやりたいってんなら楽器でも良いしよ……ただ、自分を表せるモンは楽器だけじゃ無ぇってこと……。まずはハートさ! 自分の中に在る、自分を表したいって思い……それを乗っけるための道具には楽器もあれば……歌もあるしダンスもある。リンのタップなんかは超一級品だぜ? 絵でも良いし物書きだって良い……。でも一番大事なのは自分を表したいっていう、その『ハート』を持つってことさ!」  自分の胸に親指をトントンと当てながらギリィが言いました。 「ギリィさんみたいに……誰かに認めてもらえるようなモノで僕も自分を表したいなぁ……ダメだ! 何にも思いつかないや!」  アントンは首を横に振りました。 「アントンはさぁ……」  リンはアントンの頭を優しく自分の肩に抱き寄せながら言いました。 「あたしと似てるよねぇ……『自分を表したい』って気持ちと『誰かに認められたい』って気持ちがぶつかり合っちゃってんだよ……」 「なんだよそれ?」  ギリィはリンの言葉を聞くとキョトンと呟き、首を横に振りました。 「お前らそんな面倒クセェ気持ちで音楽やってちゃ、そりゃ面白くもねぇし上手くもならねぇよ! 何て言うかなぁ……そう! 自分の中にこう……在るだろ? 熱い何かがよぉ? 嬉しかったり悲しかったり恐かったり楽しかったり……。言葉じゃ表現出来ねぇような腹ん中の自分を……とにかく閉じ込めないで外に出すってのが大事なんだよ!」  ギリィはバイオリンを抱えると、静かなメロディーを奏で始めました。
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