第三話 それぞれの音色

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他人(ひと)に認められなきゃ、自分を表せないなんて……んなこと言ってちゃいつまでも何も出せねぇよ。んなことグジグジ考えてねぇでさ……自分の中ん在るモノを外に出してきゃ……いつか同じような気持ちを持ってるヤツから歓声上げて認められるかも知れない……でもよ……」  曲調が少し楽しいものに変わります。 「まずは胸ん中に居る自分自身が歓声上げて喜んでくれなきゃ……そんな歓声を受ける毎日じゃなきゃ、何をしたって楽しくは無いぜ!」   一拍(いっぱく)()をとって、ギリィのバイオリンはアップテンポの明るく元気な曲を響かせ始めました。その音色はまるでアントンとリンに、ギリィの思いを伝える言葉のようです。 「……ねぇアントン……踊ろっか!」  リンはアントンの手を取り向き合うと、身体全体を激しく揺らして踊り始めました。突然の誘いに呆気にとられていたアントンも笑顔になると、リンのリードに(なら)って身体を動かします。  ギリィの音色はさらに軽快さを増し、アントンは込み上げてくる気持ちのままに身体を動かし続けました。 「ヘイ! リン、タップ!」  演奏のブレイクでギリィが叫ぶと、リンは承知していたように足で軽快なリズムを奏でます。初めて見たリンのタップダンスにアントンは目を丸くしました。それは自分も持っている同じ足から奏でられているとは思えない、洗練された最高の楽器のようにアントンの目に焼き付きます。  ギリィのバイオリンとリンのタップダンス……アントンはまるで、起きたまま夢の世界に引き込まれたような不思議な気持ちになりました。嬉しくて嬉しくて……押さえられない気持ちを全身で表すようにアントンも踊り続けます。  夏の夜……月明かりに照らされた草の森は、3人のための特別なダンスホールになっていました。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  さらに数日が経ちました。アントンはリンからタップダンスを教わり始めています。ギリィもリンも、練習に (はげ)むアントンの姿を心の底から嬉しそうに見守り、曲を奏で、一緒にタップで踊りました。 「……このペースなら、明日の昼には巣穴に帰れるかもよ?」  練習後の汗ばむ肌に心地良い風が吹く昼下がりの草原……リンは意を決したように口を開きました。バイオリンを (みが)いていたギリィの手がピタリと止まります。アントンは驚いたような顔をリンに向けました。 「え?」 「だいぶ巣の近くまで戻って来たって言ったの。あたし達の草原にさ!」  ギリィは再びバイオリンを磨き始めます。アントンはしばらくうつむき考えた後、口を開きました。 「……僕……ギリィさん達と一緒にいちゃ……ダメですか?」  リンはアントンからの希望を聞くと、顔を上げて笑顔を向けました。しかし…… 「……ダメだ」  バイオリンを磨く手を止めずに、ギリィが即座に答えます。リンの顔からは笑顔が薄れ、寂しそうな微笑でうつむくと目を閉じました。 「どうしてですか! 僕……やっぱり音楽が出来ないから……」 「バーカ!」  顔を赤らめ、抗議の声を上げようとしたアントンを押さえるように、ギリィは笑いながら (こた)えます。 「お前ぇさんを 親御(おやご)さんの巣に連れ帰るってのが俺達『大人』の責任ってヤツなんだよ。今のまんま連れ回したりしちゃ、俺たちゃ『 誘拐犯(ゆうかいはん)』になっちまうじゃねぇか?」 「……そうよ、アントン。お父さんやお母さんだって心配してるわよ。とにかく、元気な姿を見せて上げないと、ね?」  リンも笑顔を作って語りかけます。 「……僕は……ギリィさんとリンさんの……この楽団のメンバーになりたいんです! ずっと一緒にいたいんです!」  アントンは涙を (こら)えて必死に(うった)えました。ギリィとリンは顔を見合わせます。ギリィはフッと笑うと、雰囲気を変えるいつもの元気な声で応えました。 「今さら何言ってやがんだよ! お前ぇはとっくにウチのメンバーだっつうの!……ま、でもこのままじゃ『仮』のまんまだ。だから早いとこ父ちゃん母ちゃんに会ってよ、キッチリ心ん中の自分の思いを伝えて来いよ!」 「そうそう! 今のままじゃ川で流されてるのと同じよ。たまたま同じ葉っぱに乗ってるだけ。あんたも……自分の足でしっかり歩かなきゃ、あたしらに付いて来れないよ!」  ギリィとリンは何かが吹っ切れたような、スッキリとした笑顔でアントンに語りかけます。  2人から受け入れてもらえてる……認めてくれている!   その雰囲気を感じたアントンは嬉しくって嬉しくって、堪えていた涙を一気に流しながら泣き出しました。 「はい! 僕……ちゃんと……父さん達に自分の気持ちを伝えて来ます! そしたら……『仮』じゃなくて……本当に正式なメンバーにしてくれますか!」  泣きじゃくりながらも、自分の気持ちを真っ直ぐに訴えるアントンの声が草原に響きます。 「最高の音色じゃねぇか……」  リンの胸元に顔を埋めているアントンを見つめながら、ギリィは嬉しそうに微笑み呟きました。
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