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近くの黒アリも、何匹かがギリィの足や体、そしてアントンやリンにしがみついて来ます。ギリィは空中でバランスを崩し、少し離れた草むらの中に落下するように着地しました。4匹の黒アリも、一緒について来てしまっています。
「テンメェ! なめた 真似しやがって……」
襲いかかろうと駆け寄って来た2匹の黒アリを、ギリィは 破壊力のある後ろ脚で蹴り飛ばしました。
「アントン! おいで!」
リンはアントンを連れて駆け出します。
「おい! 待て!」
2人の後を追い、黒アリが1匹駆け出しました。ギリィは 対峙している黒アリを睨みつけています。
「おとなしく 群れに帰んなよ……。こんなとこで 怪我をするのも馬鹿らしいだろ?」
「うるせぇ!」
ギリィの忠告を聞き入れることなく、黒アリは大きな口を開いて飛び掛かって来ました。ギリィは跳び上がってその突進を 避けると、黒アリの頭を目がけ落下します。
グキッ!
ギリィの蹴りを頭に受けた黒アリの首から、 鈍い音が聞こえました。
「おっと……わりぃな! 人の忠告は聞いとくもんだぜ!」
グッタリして動かなくなった黒アリにそう言うと、ギリィはリンとアントンが逃げ込んでいった草の森へ駆け出して行きました。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「アントン! こっちよ!」
息を切らしながらアントンは、リンの後を追って走り続けました。
「待てー!」
黒アリはしつこく追いかけて来るようです。2人は黒アリから姿を隠すように、右へ左へと移動しました。しばらく先に積み重なった石の 洞窟を見つけた2人は、急いでその中へ隠れます。
「ハァハァ……しつこい……男ね……」
小声でリンが 囁きました。アントンは恐怖と疲れで、身体がガタガタ震えています。
「……こっちに寄りな……」
リンはアントンを優しく自分の傍に抱き寄せました。アントンはしばらくリンの胸の中で目を閉じ、息を整え直します。すると少しずつ、恐怖が薄れていきました。
「……リンさんとギリィさんは……恋人同士なんですか?」
呼吸と気持ちが落ち着いて来たアントンは、リンの顔を見上げておもむろに尋ねました。リンは一瞬息を飲みましたが、すぐに「クククッ……」と笑います。
「んなわけ無いでしょ? だぁれがあんな奴と……」
「じゃあ……なんで一緒にいるんですか?」
リンは微笑みながら口を閉ざしました。アントンは、自分が変な質問をしてしまったからだと思い「ごめんなさい……」と 呟き顔を 伏せます。なんだか、お話が出来ない雰囲気になってしまいました。
「……アイツの生き方が……気になってさ……」
しばらくの沈黙の後、急にリンが口を開きました。
「え?……生き方……」
「あたしはさ……」
リンは思いがまとまったように言葉を続けます。
「アイツのバイオリンが好きなんだ……。 儚い命のキリギリスが 魂を込めて……思いを込めて 奏でるアイツの曲がさ……。初めて聞いた時に感動したんだ。で、アタシもアイツみたいな演奏家になりたいって思ってね。でも……演奏家になれるのは男だけだって……みんなに止められたり馬鹿にされたりしてさ……。それで仲間たちから離れてアイツんとこに行ったんだ」
「演奏家なんですか? リンさんも」
アントンは興味深そうに尋ねました。しかしリンは 寂しそうに微笑みながら首を横に振って答えます。
「鈴虫もコオロギもキリギリスも……演奏家になれるのは男だけだって昔から決まってるからねぇ……。女の演奏家なんか誰も興味が無いんだってさ……アイツ以外」
「……ギリィさん?」
「そ。散々周りから反対され、馬鹿にされながらアイツんとこに行った。……あたしにバイオリンを教えて欲しいってね。正直……アイツからも断られたら 諦めようと思ってたんだ……。でもアイツは大笑いしながらさ……『よし! 一緒にやろうぜ!』って受け入れてくれた……」
リンは嬉しそうに笑みを浮かべました。
「……アイツはあたしの思いを受け止めてくれた……無理だとか不可能だとか言わずにね……」
そう言うと、リンは自分のバイオリンをケースから取り出しました。
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