“完全な狭間”

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 実習棟三階の空き教室。  静かにノックを二回。 「どうぞ」  静かで穏やかな声。扉を開くといつもそこには彼がいる。  机と椅子を教室の後ろに寄せてスペースを作り、イーゼルを立てて真っ白なキャンバス。しかしそこには何も描かれていない。  彼はその前でじっと身じろぎせず窓を、窓の外だけを見ている。 「や、こんにちわ」  入っても彼は振り返らないけれど、背中越しに手を振ってくれた。  私は彼の隣に勝手に椅子を置いて座る。  彼は何も言わない。  私も何も言わない。  かばんから水筒と紙コップを取り出す。 「お茶、いかがです?」 「ありがとう」  まだ湯気が立つほどに温かいお茶を注いで渡す。  それ以上の会話は無い。  彼はただ窓の外の景色を眺め続けている。  私もまた、時間が許す限りそこに居た。  腫れの日も。  曇りの日も。  雨の日も。  雪の日も。  毎日だ。
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