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四.
「それではそちらにお掛け下さい」
巫女に従って誰もいない狭く薄暗い拝殿へと入り、二人は言われるがままに黒い木と白い布で作られた簡素な椅子に腰掛けた。
不躾に殿内を見回し物珍しげにぶつぶつとつぶやいたり小さく笑ったりしている遊佐木に未莉亜がため息をついていると、いったん裏手へと消えた巫女が、二人の正面、一段高い畳張りの陣に宮司を伴っておずおずと進み出てきた。
そして並んで深々と頭を下げた後、宮司は本殿の方へと向き直り、巻物のようなものを広げ祝詞を唱え始める。
「前ふりも無くいきなり始まるんだな」
「静かにしなさいよ」
小声でささやき合っていると、巫女が二人の前に歩み寄って来て、それぞれに一枝ずつの榊を手渡した。
それを受け取った遊佐木が、巫女に指示される通りに、何度か立ち上がったり座ったり、頭を下げたり、榊を盆の上に収めたりしながら、宮司が祝詞を上げ本殿手前の祭壇に供物を捧げているのを眺めていると、
「神様……お願いします……どうか私を幸せにして下さい……お願いします……何もかもが私の思い通りになって下さい……お願いします……」
隣の未莉亜が小声で唱えているのが聞こえ、思わず小さく笑った。
「しかし儀式の流れを知らずにいきなりこの場にいると、どこら辺がピークなのかわからんから、こちらとしても気持ちを作るのが難しいな。まだあと五分もあるのか、それとももうあと五分しか無いのか、的な意識の持ち方一つでも対応が変わってくるのだが」
宮司と巫女の一つ一つの台詞や行為に全て意味があろうことはわかるが、その意味自体に何の意味も見出だせない遊佐木が、飽きてきたのか欠伸をしていると、巫女の控える陣の向こう、宮司が向かう祭壇の奥、本殿の、半分開かれた扉の向こうの薄明かりの中で、何かが蠢いた気がして、遊佐木は目を凝らした。
それは黒くしかしながら強く輝き、人型のようなそうでも無いような、曖昧だが絶対的な、禍々しくも神々しく、おおよそ日常の現象とはかけ離れた異様を漂わせながら、音も無くゆっくりとなめらかに、本殿から拝殿へと揺らめき近付いて来た。
やがてそれは宮司の前を横切り、榊を手に舞う巫女の脇をすり抜け、真っ直ぐに遊佐木と未莉亜の前へと辿り着く。
「?脈絡も全体としての統一性も無視してる感じだが……これも祈祷の一部か?三万円コースの特殊なオプションかな。なぁ、未莉亜」
「っさいわね、子供じゃないんだから、もうすぐ終わるでしょうから静かにしてなさいよ」
「?見えてないのか?いや、となると、むしろ私が勝手に見ていると思い込んでるだけか」
と首を傾げる遊佐木だったが、
「ほぅ、お前には私が見えるのか」
それが遊佐木に話し掛けてきた。
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