五.

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五.

「私はな、この(やしろ)()まうもの、いや、この社そのものと言っても良いのかな。 私の一部が社なのかな。 社が私の中にあるとも言えるかな」 それは低いような高いような、どこから聞こえているのかもわからぬ声で、しかしながらはっきりと語り掛けてきた。 が、 「はぁ? 何を言ってるのかわからんな。 何だ?お前は。 それは哲学か? 言葉遊びか? 悪いが儀式と関係が無いのなら後にしてもらえるか。 邪魔しないでくれ」 遊佐木が迷惑そうに答えると、 「なるほどな……。 お前はなかなか素直な心の持ち主のようだ。 私はそういう、心のきれいな者にしか見えない存在なのだよ」 言いながらそれはたぶん、笑った。 「素直……心のきれいな者……」 「そうだ。 さぁ、そんなお前は何を願う? 何を望む? 何のためにここへ祈りに来た」 「……いや、その前に、ちょっといいか」 「んん?なんだ?」 怪訝(けげん)な顔をして真っ直ぐに見据(みす)えてくる遊佐木に、それは首を(かしげ)げたように見えた。 「まず、だな。 お前は何をもって心の清濁(せいだく)を判断しているんだ? そもそも心がきれいとは何だ? 心などという、具体的な物質でもない、脳神経の配置と信号伝達が生み出す分泌現象について、何がきれいで何が汚いと決めることができるんだ?」 「ほぅ……は、は、は、悪くない。 なかなか面白いぞ、女。 そうだな……例えば己の欲望のままに自分の利ばかりを満たそうとする者は、きれいとは言えないな。 お前の隣のこの女のようにな」 そいつは、 「お願いします……何もかもが私の思い通りに……何一つ望まぬ出来事など起きない人生を下さい……お願いします……」 などと未だ唱え続けている未莉亜を指して笑ったようだった。 「そしてそれゆえにかな、その逆に、自分を(いまし)め他者のために身を捧げる慈愛の心は、美しかろう」 とさらに続ける。 が、その言葉に遊佐木は、 「はぁ? 何を言っているのかさっぱりわからんな」 と(いら)ついたようなため息をついた。
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