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八.
「……と、いう夢を見たんだが……どうする?徹君」
遊佐木研究所と表札の貼られた建物の一室、小綺麗な広いワンルームのカウンターキッチンで、遊佐木が椅子に腰掛けてコーヒーを口に運びながら、キッチンの中にいる少し年下の男に尋ねる。
「いや……ここ最近でいちばん意味わからないですけど……どうするも何も夢なんでしょ?
っていうかなんで変な夢を見た夢の話なんていうわかりにくい話をするんですか」
「うぅーん、いや、よく覚えてないのだが、たぶん実際にあった出来事のはずなんだよ。
未莉亜も実在する学生時代の親友だし、二人で厄払いに行ったこともあるし。
あはは、懐かしいな。
未莉亜は今頃どこで何をしてるのかな。
相変わらず男の上を渡り歩いて黒い世界を上り詰めてるのかな」
「知りませんけど……とりあえずその未莉亜って人に同情はします」
何か自分と同じようなものを感じ取ったのか、徹が遠い目で窓の外を眺めたが、
「しかし不思議と言えば不思議かなぁ」
「何がですか」
遊佐木の言葉に視線を戻す。
「いや、その日以来だと思うんだがね。
なんか知らんが、宝くじが当たったり、母の持病が治ったり、いつどこへ旅行に行こうと絶対に晴れてたりと、何かと便利なことが頻繁に起こるようになった気はするんだよな。
まぁしょせん偶然に過ぎないのだろうがね」
「それは……なんというかきっと、厄払いが効いたんじゃないですかね。
儀式中に寝ててもちゃんと効果があるなんて、けっこういい神社だったんじゃないですか」
「非科学的な結論だな。
しかしお前の煎れるコーヒーが奇跡的に美味いのも、もしかしたらその一貫なのかも知れんしな」
「それはこの科学技術の成果です……って、でも確かになんか先生がいる時に煎れたコーヒーはいつもと少し違う気も、してはいたんですよね……」
と、煎れたての黒い液体を口に運びながら、徹が傍らのスタイリッシュな最新式のコーヒーメーカーを撫でていると、
「それは私というお前にとって特別な異性が目の前にいて、お前の煎れたコーヒーを美味いと言って飲んでいるから、とでも言いたいのか?
まったく、ただの助手のくせに何かに付けて公私混同してすぐ発情して、お前は気持ちの悪いやつだな」
からかうような遊佐木の声に、コーヒーを吹き出しそうになるのをこらえながら、反論しようと振り返る。
が、その僅かなほんの一瞬、遊佐木の背後に何か大きな黒い影を見たような気がして、徹は思わず言葉を飲み込んだ。
そんな徹を笑って見詰める遊佐木の手元のカップには、ひとひらの榊の葉が浮かんでいた。
終
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