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「貴重な自由時間を……有り難いなあ。付き添いの子はお友達?」
「まあ、はい」
友達と言うには付き合いの日が浅い。が、最早彼は同志だった。
「いいなあ修学旅行。今日戻ったら髪型変わっててびっくりされるんじゃない?」
「多分、気付かれないかと……クラスで影薄いので」
言葉を返し難いネガテイブな発言をしてしまい、まずいと思ったが、彼もプロだ。「びっくりされるように俺も頑張るよ」と空気を読んで適切な対応を取る。僕は客なのだ、と改めて認識する。
「東京はどこ行ったの?」
「昨日はディズニーランド、今日は午前中彼に付き合って秋葉原に。明日は横浜、鎌倉観光です」
大体聞かれそうなことのシミュレートはできている。台本を読むようにすらすらと言葉が出てきて、今のところ順調だ。
「いいなあ修学旅行。二十年前に戻れたら行ってみたいなあ」
二十年前。僕と彼が出会う前の、世界。僕がもし二十年前に戻れたら、形振り構わず彼に想いを伝えたい。
でもタイムスリップはできない。その代わりに僕は、生まれ変われた。そう、彼に、想いを伝えたいから。
鏡に映る南乙次の姿を見詰める。鋏を握る筋張った手、髪を触る指先、真剣な眼差し。
十六年前、夕暮れ時の校舎で、一人マネキンの髪を切っていた。僕が愛したその姿は、変わらないまま。僕も、変わらないまま、ただそれを見ている。
と、彼が鋏をシザーケースに仕舞い、ドライヤーを手に取る。僕がぼんやりしているうちにもう、仕上げだ。
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