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頭の可笑しい人間だと思ったことだろう。目を見張り顔を引き攣らせたまま僕を見下ろす。
「ただ、それが言いたかっただけです。……さよなら」
涙が出そうなのを堪え踵を返し、階段を駆け下りる。後ろから追いかけてくる足音。宮藤が、あの丸い肩を上下させて慌ててついてきているのだ。
と、腕を掴まれ、手を振り解こうと振り返ると、そこに居たのは丸い顔の宮藤ではなかった。
「何で男なんだよ!」
南乙次は、クールな男だ。淡々として、無論声を荒げたり取り乱したりなんかは、絶対にしない、はずだ。今目の前に居る南乙次は見たことのない姿だった。
「次は女に生まれ変わって来いって、言っただろ!」
胸に鋭い痛みが走る。この世から消える、その瞬間に、そんなことを言われた気がしたのは、気のせいなどではなかったのだ。
「……僕だって、女が良かった……」
堪え切れず、涙が零れ落ちる。幽霊になった僕が見えていたのだ。そしてそれを覚えていた。どうすることもできない悲しみと、覚えていてくれたことの喜びとがない交ぜになって、何が何だか分からなくなる。
「女に生まれて君と一度だって恋がしたかった……! ただ一度の夜の思い出を永遠に抱いて死ぬことだってできたかもしれない! でもっ……僕は、また……男なんだよ……!」
僕の腕を掴んでいた手がするりと抜ける。唇を噛み締め、アスファルトの地面に視線を落とす。
「馬鹿かよ、お前」
その辛辣な言葉に弾かれるように顔を上げると、言葉とは正反対に柔らかな笑みを浮かべている彼が居て目を奪われる。
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