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「理容科のやつが事故死したらしいぜ」
ヘアカットの授業を終えて、紙パックのりんごジュースを飲んでいるとそんな会話が聞こえてきた。
「俺も聞いた。女庇って轢かれたらしいな」
「何それドラマみてえ! そんなやつリアルに居んだ?」
立ち話をしている三人組を横目に、人一人が死んだというのに、感想がそれしか湧かないというのは、知らない人間とはいえ眉を顰める。だからと言って、俺に格段何か思うことがあるわけでもない。
ただ見覚えがあると思ったのは気のせいではなかったのだ、と思っただけ。
放課後、授業で仕上げた課題に納得出来ずに居残っていると、よく視線を感じた。少し離れたところから、知らない男が見ているのだ。それに気付いて男の方を振り向くと、いつも慌てて立ち去ってしまった。
声を掛けるでもなく、ただ距離を取って見ているだけの男。こちらから話し掛ける義理もないので、段々と素知らぬ振りをするようになった。その男の顔とさっき家で見た霊の顔は、同じだった。
だから今日家を出る時、声を掛けられた、あれが、初めて聞いた男の声だった。死んでから聞くことになるとは、何と因果な。
あの男は、恐らく俺に対して未練があってうちに来たのだろう。その未練が何なのか俺には分からないが、何もしないのが霊になった奴のためだと知っている。
幼稚園くらいの頃、交差点の近くで寂しくて泣いていた少女の遊び相手になったことがあったが、何も解決しなかった。結局彼女が成仏したのは、両親が花と玩具をお供えしに来た時だった。車の事故で、両親と共に救急車で運ばれたが、シートベルトをしていなかった少女だけ亡くなったのだと、少し経って知った。
チャイムが鳴り、俺は紙パックをゴミ箱に投げて授業に向かった。
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