第三話 ある未来の話

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 図星。恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。南さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、銀行に預ける金を入れた専用の袋を片手に僕の頭を掻き回すように撫でた。 「仕事には慣れてきたが、俺には慣れないんだな」  美容専門学校に通いながら、南さんの店でバイトを始めてひと月が経った。  カットの基本は身体が覚えていたおかげで授業では優秀な生徒として扱われ、友達は会話をする程度だけれど数人出来た。学校生活は未だかつてないほどに順調だった。  ただ、南さんとは、どうも上手くいかない。一年半もアプリでメッセージのやり取りやビデオ通話をしてきたのだが、距離が縮まった気はしなかった。  久々に会った時などはまともに会話できない始末で、今もまだ週五日店で会う度に挙動不審な態度を取ってしまう。  南さんと恋をしたい。僕に恋して欲しい。その想いとは正反対に、嫌われたくない想いに邪魔されて、つい避けてしまうのだ。 「す、すみません……」 「謝ることじゃないだろ。てか、店閉めるぞ。それ片付けてこいよ」  手に持ったままのモップに気付き、急いで洗って道具入れに片付ける。そしてスタッフルームに置いた荷物を引っ掴み店の出入り口で待っていた南さんのところに駆け足で向かう。 「お、お待たせしました!」 「じゃあ行くか」  電気を消し、ドアの外に出て店の出入り口の鍵を掛けシャッターを下ろす。階段を下り、売上を近くの銀行の夜間金庫まで預けに行く。  鍵を開けて、金庫に袋を放り込み、明細を受け取る。あとは、帰るだけだ。今日も何もしないで終わる。 「……すみません」  ――そんなのは、もう、嫌だ。
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