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出会い
ドニスは追われていた。
一日中、飲まず食わずで逃げ続けていた。体中に矢が突き刺さっていたが、治療する時間もなかった。
まだ顔にあどけないところが残る少年であった。大きな袋を大切に抱えて走り、腰には剣が下がっている。
腹が減り、極度の疲労困憊で全身が鉛のように重い。このままでは野垂れ死ぬか、追っ手に見つかって殺されてしまうだろう。
ドニスは一軒の小屋を見つける。
街からだいぶ離れ、人気のない森だったので、人は住んでいないだろうと思ったが、灯りがともっていた。
ドニスは少し悩んだが、すぐに考えを実行することにした。追い詰められている彼に余裕はなかったのである。
「食い物をよこせ!」
戸を蹴り飛ばして、小屋に乱入した。
女がひとり、きょとんした顔で立っている。
(女? どうしてこんなところに若い女が住んでいるんだ?)
驚いたのはドニスも同じだった。
女はまだ二十歳もいっていない。ドニスと同じか、少し上くらいだろう。
狭い小屋には彼女一人しかいないことがすぐ分かる。どうして少女がこんな街外れに住んでいるのか不思議だった。
「食い物を出せ。そうすれば危害は加えない」
ドニスは袋をどさっとその場に降ろし、腰の剣を抜く。
しかし少女は顔色一つ変えず、ぼうっとその様子を眺めていた。
「おい、聞いてんのか!」
「あ、はい。食べ物ですね」
言われて少女は奥へ入っていき、食べ物を見繕い始めた。
あまりにも聞き分けがいいので、今度はドニスのほうが戸惑ってしまう。
「なんだ……?」
脅されているという状況を理解していないのだろうか。
このご時世、都会でも田舎でも治安はよくない。刃物を突きつけられて身ぐるみはがされたという話はよく聞く。
身なりは村娘という感じで、服は質素なものだった。しかし、肌は白く磁器のようにきめ細やかで、長く伸びた黒髪も綺麗に整えられており、どこか都会的な雰囲気があった。
「キレイだな……」
それがドニスの少女に対する感想だった。
「はい」
袋がつき出された。中には食べ物が入っている。
「あ、ああ……」
思った以上に簡単に目的を達成できてしまい、ドニスは面食らってしまう。
「脅さなくても、差し上げましたのに」
「え?」
ドニスは耳を疑った。
しかし彼女は確かに言った。聞き違いではない。脅されたのを理解した上で、食べ物を差し出してきたのだ。
「どういうことだ?」
彼女の暮らしが裕福であるはずがない。自ら進んで、大切な食料を見ず知らずの男に提供するだろうか。
「他に欲しいものはありますか?」
「なっ……」
言葉の意味を理解した瞬間、ドニスは叫んでいた。
「俺を馬鹿にするのかっ!!」
「馬鹿になんてしてません。ただ、お困りのようだったので」
綺麗で可愛らしく思っていた顔が憎らしく見える。
強盗をやっている自分が言えたことではないが、施しを受けるのは気にくわなかった。惨めに思われ、情けをかけられたのはプライドが傷つくのだ。
だが、質素な暮らしをしている少女に怒鳴りつける姿は、もっと情けないことに気づき、ドニスは心を落ち着けて答える。
「……何もいらねえよ。少しメシを分けてくれりゃいいんだ」
「そうですか……」
女はどこか悲しげだった。
強盗に家財を取られずに済むのに、なぜ悲しいのか。ドニスには分からない。
そして、憂いに満ちた顔が妙に興味をそそられた。
(欲しいもの……)
食べ物はもらった。これで空腹は解消するだろう。
そういえば体が痛い。必死に逃げていたので忘れていた、体中に矢が刺さっている。矢を抜いて治療したい。
体が疲れている。足を止め、体を休ませているせいか、だんだんだるさが出ている。少し横になって休みたい気がする。
ベッドの白いシーツが見える。あそこに寝られたら気持ちがいいだろうなと思う。ドニスは野宿することが多く、いつも寝るのは固い地面だ。疲れている今であるからこそ、柔らかいベッドに惹かれてしまう。
この少女はいつもここに寝ているのだろうか。美しく長く伸びた黒髪、つやのある白い肌。静かにお淑やかに、一人で眠る様子を想像してしまう。粗野で荒々しい自分とは真逆だ。
「君がほしい」
「え?」
思わず声が出ていた。
「いや、なんでもない……」
とんでもないことを言った自分が恥ずかしくて、ドニスは少女に背を向ける。
(俺は一体何を言ってるんだ……)
それが性欲だったとは思いたくない。もっと尊いものだ。一瞬、可憐な少女を包み込んであげたい衝動に駆られたのだ。
「分かりました……」
するすると衣擦れの音が聞こえた。
どうやら少女は服を脱いでいっているようだった。
「待った! そういうことじゃない!!」
貧しい少女から食べ物を奪うだけでも恥ずべき行為なのに、今度は強盗が強姦になってしまう。
止めようと少女の腕をつかむと、少女の手から服が離れ、上半身が露わになってしまう。
「あ……」
目を背けること能わず。
珠のようにつやつやとした肌から目が離せなくなってしまう。
凝視するなんて無礼だ。そう思って目をそらそうとするが、釘付けになってしまう理由があった。
彼女の胸だ。大きな胸だからというのもあるが、そうではない。
胸に大きい傷があったのだ。
「こ、これは……古い傷です」
少女は傷を凝視されていることに気づき、腕で胸を隠した。
互いに気まずさに支配され、無言になってしまう。
「とりあえず服着て……」
「はい……」
ドニスは後ろを向き、少女はそそくさと服を着る。
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