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旅立ち
食べ物を奪って立ち去る。そんなことができる状況ではなくなってしまった。
ドニスは少女に料理を振る舞ってもらい、一晩、小屋で休ませてもらうことになった。
もちろん寝るのはベッドではない。彼女からできるだけ離れ、剣と大きな袋を抱いて、壁を背にして眠る。
心臓はドキドキして興奮が収まらなかったが、体は疲れと傷で限界を迎えていた。目を閉じるとすぐに眠りに落ちる。
「これからのどうするのですか?」
完全に強盗の威厳を失い、もてなされるがままになっているドニスは、朝食もご馳走してもらっていた。
「しばらく姿を消すさ」
ドニスが矢だらけになって現れたのを見れば、ドニスが何者かに追われる身であることは少女にも分かった。
大切そうに抱えている袋もそれに関係しているだろう。おそらく何かを盗み、取り返そうと追ってきている者がいるのだ。
「何か当ては?」
ドニスは食料すらない状況だ。今後逃げるために、頼れる人はいるのだろうか。
「ないけど、なんとかするさ。いつもそうしてきた」
「そんな……」
少女はドニスの身を深く心配しているようだった。
「どうしてそんなに俺を気にしてくれるんだ?」
これは昨日から気になっていた。どうして食べ物を無償で差し出してくれるのだろう。こっちはただの強盗なのに。
「え? 困っているのでしょう?」
「へ……? そうだけどさ……」
「なら、助けたいと思うのが人情ではありませんか」
ドニスはドキッとしてしまう。少女が優しく笑いかけてきたのだ。
「たいしたことはできませんが、やれることはやらせていただきます」
ドニスはただの田舎娘ではないなと思った。
施しは富める者の矜持。彼女は恵愛の精神を学んでいる。こんなみすぼらしい小屋に暮らしているが、元々はよい暮らしをしていたはずだ。
「残念だけど、君にできることはないよ。これは俺の問題だ」
ものを盗んで追われている。どう考えても自業自得だ。他人にどうにかしてもらうことではない。
それに、ここまでしてもらって、これ以上求めるのはずうずうしい。これ以上、女に頼っては、男のプライドが崩れてしまうとドニスは思う。
「私もつれていってくれませんか?」
突然のことで何を言われたか、ドニスは分からなかった。
記憶を再生してようやく理解する。
「なんで?」
単純に女がついてきたいと言う理由が理解できない。
「いつまでも、ここでこうしてはいられないと思いまして……」
女はうつむきながら言った。これまでの明るい様子とは変わって、意味深長な顔つきだった。
「外の世界を見たいってやつ?」
女の事情は分からないが、田舎に一人っきりでは退屈だろう。外の世界を楽しみたいというのは、ドニスにもよく分かる。
それにあの胸の傷。彼女がこんなところで暮らしているのには、深い事情があるに違いない。自分がそれを救ってあげられるのであれば、一宿二飯の恩義も返せるというものだ。
そして、女に一緒に行きたいと言われて、男に断る理由はないだろう。
とはいえ、不気味でもある。
(そんなに俺が魅力的だったのか? ……いやいや、そんなわけない。何か企んでいるんだろう。まさか、袋の中身を見られたのか?)
袋の中には、貴族の家から盗んだ貴金属製のアクセサリーが入っている。
ドニスは日雇いの肉体労働や、盗みを働くことで生計を立てていた。盗むと言っても、相手は富豪と決めている。昨夜は切羽詰まっていたので、町外れの小屋に入って強盗しようとしたが、あくまでも例外である。
「分かってると思うが、俺は追われてるんだぜ?」
「ええ、承知しております」
女は頭が切れ、状況を理解しているようだった。
「分からないな。俺についてきたって、危険なだけで何一ついいことないぞ?」
ドニスは盗人だ。それと一緒にいたら共犯に思われ、追い回され、やがては捕まってしまうだろう。
「構いません」
「構わないって!? この傷を見たろ? 奴らは殺してもいいと思ってるんだ! 最悪、君も死ぬかもしれないんだぞ!」
「それは……たぶん大丈夫だと思います」
「大丈夫、ね……」
ドニスはあきれてしまう。いったい何の根拠があって、そう言っているのか。
「……まあいいや。なんで俺なの? 外に出たいだけなら、誰でもよかったろ?」
そう、誰でもよかったのだろう。偶然訪ねてきた自分を、偶然頼ったに違いない。
「優しそうだからです……」
女は恥ずかしそうに、ぼそっと消え入りそうな声で言った。
しかしドニスの耳はしっかり聞き取っており、顔が自然と赤くなる。
「や、優しい!? 俺が!?」
「そうではありませんか?」
「いや、そ、そうだけどさ……」
ドニスは褒められて天にも昇る気持ちだった。
この子は自分を認めた上で、頼ってきてくれたんだ。ならば、それに応えないようでは男が廃る。
「分かった。一緒にいこう」
「よかった……。私、フアナと言います」
「フアナ……。いい名前だ。俺はドニス」
「ドニスさん! どうぞよろしくお願いいたします」
フアナは手を差し出してくる。
ドニスはちょっと戸惑い、手を服でこすってから、フアナの手を取った。
「よろしくな」
ドニスは、何があってもフアナを守り抜こうと決意する。
しかしいずれ、安易にフアナの手を取ってしまったことを後悔することになる。
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