追っ手

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追っ手

 二人は追っ手から逃れるため、再び移動を始めた。  大怪我をしていたはずだが、フアナの体はまったく問題がなかった。これまでと同じ速度で歩いている。  しかし、とても気まずい雰囲気だった。ドニスが気を利かせて、フアナに話しかけるが、フアナは歯切れの悪い答えをするばかり。  結婚を申し込んでしまった以上、こうなるのは仕方ないと、ドニスはそれでもフアナを気にかけて話しかける。 「あのさ」 「あの」  言葉がかぶってしまう。 「あ、どうぞ……」 「いえ、そちらこそお先に……」  顔を真っ赤にして、また沈黙してしまう。 「あまり気にしないで。なんというか……弾みというか、冗談というか……。あ、冗談で言ったんじゃない! ちゃんと本気だからっ!」  慌てるドニスを見て、フアナはふふふと笑い始める。 「ほんとお優しい方なんですね」 「ごめん……」 「謝ることではありませんよ。……それより、謝るのは私のほうなんです」 「へ? なんでフアナが謝るんだ? 何もしてないだろ?」 「ドニスさんに優しさに甘えてしまっています……」 「は? 甘えてよ。俺は全然構わないぜ。なんなら、背負ってやってもいい!」  ドニスはおどけて、人を背負う仕草をする。 「あはは。ドニスさんといると、なんだか温かい気持ちになれます」 「ほんと? 実は俺もさ……」  そのとき、矢がすぐ横をかすめて飛んだ。 「追っ手!?」  ドニスは剣を抜いた。  背後からは、甲冑に身を包んだ騎兵が数騎迫っている。 「くそっ! あんな装備持ち出して、そんなに俺を殺す気かよ! フアナ、逃げて!」  相手が騎馬であれば、走って逃げるのは困難だ。ドニスはフアナを先に行かせて、騎兵を迎え撃とうとする。 「でもっ……」 「でもじゃない! ナイフじゃ騎兵の相手にならないだろっ!」  騎兵は馬上槍を持っている。リーチの長い刺突武器だ。  長槍を脇に挟んで固定し、一直線に向かってくる。 「ほら行け!」  さっきはフアナを置いて逃げてしまったが、今回は違う。自分がなんとかしてみせる。  ドニスを押しやり、剣を構える。  馬が猛烈な勢いで迫ってくる。  ドニスの心臓が早鐘のように打つ。剣と槍では圧倒的に槍のほうが有利だ。しかも相手は馬で、その速さを乗せて突いてくる。当たったら確実に死ぬだろう。  戦いは一瞬だ。相手は接触する瞬間に、槍で一突きにしてくる。 「てやあっ!」  ドニスは槍を紙一重でかわし、剣を切り上げる。  切っ先が馬に食い込み、馬は大暴れして兵士を振り落とした。  続いて、次の騎兵が迫る。  ドニスは同じように切り抜けようとするが、槍の勢いに剣を振るタイミングがずれ、槍と接触した剣が真っ二つに折れてしまう。  ドニスはその衝撃を受けて弾き飛ばされる。  痛みに耐えて立ち上がるが、3騎目がやってくる。もはや槍を受けられる剣はない。 「ぐっ……」  万事休す。騎兵の槍が迫る。  次の瞬間、視界が遮られた。  ドニスと騎兵の間に、フアナが入ってきたのだ。  気づいた瞬間には遅かった。  槍がフアナの体を貫いていた。  槍は途中から折れ、フアナが投げ出される。 「フアナ!!」  ドニスはよろめいた騎兵の隙をついて、兵士を引きずり下ろした。  そして、意識のないフアナを担いで馬に乗せた。  立ち上がって襲ってくる兵士を蹴り飛ばし、剣を奪って馬を走らせる。 「フアナ、しっかりしろ!」  体には折れた槍が刺さってしまっている。  フアナの反応はない。早く医者に診せなければフアナは死んでしまうだろう。  ドニスはフアナの背を抱えるようにして駆けた。 「どけええ!!」  ドニスを振り回し、追ってくる騎兵を撃退する。  一度ならず二度までも、少女に大怪我をさせてしまった。ドニスは自責でいっぱいだった。 「……ぁう……。……っ……ドニスさん……」  馬を走らせていると、フアナが意識を取り戻した。 「申し訳ありません……」 「しゃべるな! すぐ医者につれていくから!」 「でも……」 「謝るのは俺のほうだ! 俺が追われてるから、君を巻き込んで……」  貴族の屋敷から貴金属を奪ったとき、守衛に見つかってしまったのがすべての原因だ。そんなヘマしなければ、フアナが傷つくことはなかった。 「いえ、そうではありません……。悪いのは私なのです……」 「どういうことだ?」  単純にドニスの責任を肩代わりしようとしているようではなかった。何か深い事情があるようだ。 「……つまらない昔話を聞いてくれますか?」 「ああ、もちろん」  フアナは苦笑する。 「あれは数年前のことです……」
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