スウラ・セラピアの歴史

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 その急報が先王ルドに届いたのは、国王一行に遅れて国境に向かう夕暮れ時だった。  前日に皇帝から新たに遣わされたスリジエ捜索隊と共に出立した倅に連れられた子供達は既に国境で休んでいる頃のはずだった。 「殿下! 申し上げます。 本日の昼過ぎから、王妃様一行を警備していた国軍と海賊の争いが起き、スウラ王女のお姿が見えず。 王女さまが連れ去られたとの事でございます」  向かってくる馬に乗った兵は味方と認められると馬から降りてルドの前にひれ伏した。  その報告にルドは国軍の並々ならぬ強者の雰囲気を信じていた自分に腹が立った。 兎にも角にも連れ去られたのが事実なら向こうと交渉をしなくてはならない。 目の前でひれ伏すばかりの兵は至急で遣わされた者らしく、それ以上に声を上げない。 「──士気を高めよ! 敵が牙を剥いたなら我らは牙を折り、敵意を見せた事を後悔させてやらにゃならん!」  ルドの掛け声に状況を理解していなかった騎士達もすぐに臨時態勢を整えて、先頭のルドを乗せた馬を追いかける様に通行人にもお構いなしに馬を掛けさせた。  全速力で駆ける馬の一行に道行く馬車や商人らしき通行人も馬に轢かれないよう、慌てて脇道に飛び込んでいく。  久々の再会だった孫のスウラは大人しくも愛らしい子であり、大勢の見知らぬ者達が王宮を行き来する中で姉の不在に不安も感じただろうが兄から決して離れない子だったはずだが、連れ去られる時に皆は何をしていたのか、国軍は皇帝から派遣された前線を任される強者揃いのはず。  ルドは馬を走らせながらも色々と考えてみるが状況を見ないことには何も結論は出ない。 「──海賊。」  脳裏に浮かぶのは近頃になって現れるようになった不審な外国船。 何十(そう)も現れると報告を伝えてから(せがれ)の許可を得て、正式に警告したのちに爆破する対処をしていたが最近は静かなはずだった。  スリジエが行方不明になった日には客船が観光として回っていた記憶はあるが何も不審は見当たらないとして王領に近づかないよう、わざわざ先導もした。  ルドは冷静に思い出してみたが、やはり何も掴めなかった。  速馬を走らせたおかげかルドが王妃一行と合流したのは街灯がまだ点灯していない頃。 「──ルド様!」 「父上、申し訳ございません。」  馬を預けて駆け寄るや否や、王と王妃は砂埃に汚れた姿で疲弊しながらも詫びを申した。 「状況はどうなっている、国軍は?」  辺りを見回すが大勢いた筈の軍隊は数が足りない 「か、海賊達の残した船で逃げた者どもを追って行きました……いきなり我らの前で下劣な者達が民を襲い始めて、国軍と共に救出していたのですがスウラが──」 「王妃っ!」 「は、はい」  突然、呼ばれた王妃は肩をビクッと跳ねさせて恐る恐る顔を上げた。 「その時はスウラはお主の側にいたのでは無いのか?」  勢いはあるが言葉を荒くしないようにルドは丁寧に伝えたが王妃は再び、地面を見て頭を左右に振る。 「私と王太子は帝国軍の……ハルトゥ王国の王がお連れになった王女様と挨拶をしていました。 スウラは王と帝国軍と共に離宮の方へ行き、スリジエが通るであろう場所を伝えていた時に民たちから悲鳴が聞こえたのです。」  震えた手は遠くの離宮を指して、ルドもそちらに目を向けると沢山の残骸が兵によって作られていた。  近づけば不健康な臭いと鉄の臭いが潮風にのって鼻を掠める。 身分を表すであろう物は剥ぎ取られた残骸は黒く汚れており、所々が赤黒く染み付いている。 「──海賊だが、鎧の柄と組紐を見ればシュレヒト族か……」  兵から見せられた残骸の身につけていた物は海の向こうにある何ら関係ももたない島国で暮らしている特徴的な物であった。 「──王よ、どう動くのだ」  震える王妃を抱えたまま呆然と立ち尽くす息子は子供のようで狼狽えた姿を見せたくないという気持ちだけで口を開くが声は何も聞こえてこない。 「……俺がシュレヒトに出立する。 だが敵国の可能性もある、王の代理として行きたいが許可してくれぬか?」  仕方なく歩み寄れば、王となったはずの男が年甲斐もなく大声で命じて、宝でもある小さな箱を望み、周りは騒然と我先に動き出す。  少し騒がしくなってから王の馬車から小さな箱を抱き抱えて持ってきたのは漆黒の少女。 「……敵船にはシュレヒト族の国印は確認できませんでした。」 「──君がハルトゥ国の王女様かな?」  ルドは丁寧に少女の目線の高さに腰を屈めて尋ねれば頬と左耳に血の痕が見えた。 「お初にお目にかかります殿下。 シイカと申します、ご挨拶が遅れてもうしわけ──」 「拝礼は略してよい。 他に族共について分かったことはあるかな?」  シイカは瞬きを三度と繰り返して瞳を紅く染めてからルドを通り越して残骸の方に歩みを進める。 「王女様はこの辺りで我が軍と話しておりましたが……遠出の疲れで寝起きでしたので簡易な衣装でございました」  シイカはルドだけが側に近づいているのを確認してから残骸が乗ってきたであろう船の壊れたフレームを差す。 「彼らはここに()られたのが王と分かっていたら真っ先に民から手を引くと思われますが……先に狙われたのは民達でした。 そして先程までここの地域では行方不明者の女や子供が後を絶たないらしいのです。」 「──報告は受けておらんぞ」  ルドは小さな体が発する断固とした言葉に疑問を持ったが多忙な中で近頃は不審な船は居ないとしか報告を受けていなかった。 「きっと民の皆様がルド様の負担を増やさないために黙っていたのかも知れませんが……とにかく、王女様方はシュレヒト族の住む島にいる筈です。」  ルドは重たい鎧が冷たく感じた。 直接、触れていない鎧は外側からルドの中心を冷たくしていく。 「……彼らの船は全てが小さめで海上には長く留まる燃料と機材は見受けられませんでした、と報告致します」  この小さな王女は何を見ていたのだろうか、拭い取りきれなかった血痕は何を意味するのか、考えただけでも軍事国家であるハルトゥ国が恐ろしくて堪らない。 こんな小さな者にまで戦いを教え込むのか。  しかし、シイカの洞察力は他の兵が報告していなかった事まで見通して、これから正式に出立するルドに漏らさず伝えた。 「彼らがシュレヒト族であるのは確かでございますが戦い方は私の知る戦術などではなく、独自に編み出されたような無謀な……手当たり次第に人々を襲う野蛮な者達でした。」 「──では、拉致か」  絶望感に影を落としたルドを気遣う素振りもなく、一瞥もくれずにシイカは王と王妃、王太子が隠れる馬車を向いて腕を組み、そして首を傾げた。 「その可能性が高いでしょう……。 しかし、王女の地位しか与えられていない私と王宮で待つ父に報告を届けに行った者はできる事がありません。」 「……それもそうだな、解放しよう王女殿」  シイカはルドに最上の礼をしてから余っていた侍女達の乗る馬車に迷わず、歓迎されるよりも困惑されながら乗り込んだ。  ルドはアルテの王が代々大切に受け継いできた署印に懐かしみを感じながらもわずかに残った国軍の用意した簡易的な机で書状を記した。 「──これがあれば、我々がシュレヒトに立ち入ったとしても危害を加えられる事はない! 皆、気を引き締めて行くぞ」  ルドの掛け声に合わせて、兵が声を高らかに上げるといつの間にか国軍と一緒にシイカも混じって拳を突き上げていた。 「──ルド殿下!」  シイカの高らかな迷いのない呼び声に船に乗り込みながら振り返るとシイカの手には丸まった紙があり差し出されてある。 「シュレヒトの民の弱点をお教え致します!  小さく成人にも満たない私が恐れながらも考えました作戦でございます」  丸められて束ねられた紙には事細かく、人数や船の数、船の種類と記されているが次の紙にはシュレヒトの唯一の外国船が通れる場所から港の囲み方やシュレヒトの気質など、読みきれないのではと不安になる程、指示が記されていた。  思いもつかなかった場所が島の解放がされていない非公式な港を狙った攻撃なども命令されており、ルドは初めて人に指示されることを喜びながら反面、上手くいくわけがないと言葉を詰められた。
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