アイスコーヒー

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こんなに寒い日にアイスコーヒーを飲むなんて狂気の沙汰だと思いながら凍えてかるく震えている指先でアイスコーヒーの氷をかき混ぜると、カランカランと涼やかな音がする。夏ならいいが今は冬真っ只中。ほんとになんで私は身を縮こませながら氷をかき回しているのだろうか。寒いのは承知の上ででも、胃の中に注ぎこまれるのは冷たい液体。冷たいのは身体だけじゃない。心も寒い。 自虐的な事をしたくなってあえてアイスコーヒーを頼んだのだ。苦い液体にとろけるようなガムシロップと人工的に作られたミルクを注ぎカフェオレにした。甘さとまろやかさがあいまみえて薄い黄土色になった寒さの元凶は早く飲んでくれと言っている。 知ってる?死体ってすごく冷たいんだよ。 一口飲んでやっぱり身体が凍えてくるのを感じながら、血の気を失って白くなった彼女を思い出した。愛は誰もが自然と求めるものだけれどどこにも落ちていないしお金でも買えないしまったくどうしようもないシロモノで、愛のために人は右行左行して最後には諦めの境地に至る。 彼女は僕に声をかけてくれた最初の人だった。 煩いなと思った。 僕は人の声が聞こえないようにかたくイヤフォンで耳に栓をしてつまらない授業を聞くふりをしながら緊張感を紛らわしつつ本当は何も頭に入っていなかった。 「ねえ。」 彼女は僕の肩を揺さぶり無理矢理に注意をひいてイヤフォンをひっぺがした。 「授業つまんないよね、このまま2人でサボっちゃわない?」 悪女の誘いに乗ったのは大学で友人が1人もいない自分の状況に限界を感じていたからかもしれない。 「私、類。鹿目類っていうの、よろしくね。」 ああ、鬱陶しい。僕みたいなやつに声をかけるからには相当の物好きで世間知らずでややこしいタイプに決まっているのだ。だが僕は大人しく類についていった。 2人で始めて一緒に飲んだのがアイスコーヒーだった。 「私アイスコーヒー好きなんだよねー。ほろ苦くて頭をスッキリさせてくれてカフェインがいい感じに作用するの。」 どうでもいい、と僕は不機嫌な顔をみせたが、類は気にもとめず授業が下手な先生は誰だとか、体育が苦手だとか、ランチは何がいいとかたわいないことを話していた。 季節は夏で、もうすぐすれば大学の長い長い休暇がはじまり、僕の緊張感に溢れた学生生活も一旦休息にはいる。夏の日差しは僕らをこんがりとバーベキューにしようと企んでいて焼かれながら少しは健康的な肌色になるのだろうか、それならいいかと汗をながす。 類からはバニラの香水の香りがした。 風の音、木漏れ日、殺風景な三流大学の校舎はいっぺんに僕の記憶に流れ込んできてそこに類がいた。光がキラキラと反射して類の口紅の色が少し派手すぎるように感じさせた。オレンジ。健康的な赤に黄色を少し混ぜ合わせてパレットの上でぐるぐると宇宙の木星の環を描く。オレンジは生きている女の子の色で、活発、素直、明るさ、とほとほと僕には関係ないようなイメージの色だ。 僕には眩しすぎる。薄暗いネットカフェでパソコンのブルーライトだけを見つめていたような僕に急に真夏の太陽がさんさんと降り注ぐハワイのビーチが襲ってきたみたいだった。 身体に急な変化は毒である。 スマホにイヤフォンを差し込み直して音楽で耳を塞いだ。暗い海の底の光も届かない所で深海魚のように環境に適応した進化を遂げて僕は生きている。ハワイのビーチは僕の居場所ではないことを自覚しているしそこに行きたいとも思わない。 類とはそれっきりだった。大学で探してみたけれどめっきり彼女を見かけなくなり、そのまま長期休暇夏休みに入ったからだ。 何の予感もなかった。僕はただ自堕落に毎日をおくり、退屈が脳を支配して何の予感もないまま、60日といううだる日をただただ消費した。 大学で、類を探してみてはした。だが彼女はどこにもいなかった。 彼女が自殺したと聞いたのは、噂にうとい僕だから、冬に差し掛かり12月の寒さが身を切るようになってからだ。 海に身投げをしたのだという。原因はよくあるイジメ。知らないところで密やかに人は人を追い詰め崖っぷちでその背中を押す。静かに誰も気づかないようにあざとく狡猾にとても静かに。 類は、オレンジの口紅が似合う子だったが、海の底の住人になったのだ、それは少し早すぎる決断だったように思う。 僕はこんな寒い日にだからアイスコーヒーを飲んでいる。
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