12、試合

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12、試合

「只今より、第37回黎明天宮杯を開催致します。一同、礼!」  少しひんやりした朝の空気の中、開会式が始まった。  今回の大会は32校が参加し、個人戦は無し。  三人立ちの一人四射で勝敗が決まる。  体配には立射と坐射、立ったまま矢を射る行射と、座ったまま矢を射る行射がある。  学生弓道では立射が多いらしい。  競技は総射数法、トーナメント法、リーグ法があるけど、今回はトーナメント法だ。ルールは的中制で、的のどの場所に当たっても良いルール。  審判が点数をもって採点評価をする採点制と、的の位置により得点を決める得点制もある。  団体戦の場合、五人立ちで行われる大会もあるし、三人立ちの大会もある。  個人戦と団体戦、両方がある試合もあれば、どちらかしかない試合もある。  にわかだけど、俺もちょっと弓道に詳しくなったもんね。  偉い人の挨拶が始まり、聞きながら大会要項を見ていると隣に座ったヨッシーが俺の手を握った。 「ヒッカ。寒く無いですか?」 「うん、大丈夫だよ」 「僕、手袋を余分に持ってきたので寒い時は使って下さい。あと、ホッカイロも」  ヨッシーは嵯峨さんの試合には必ず来ているらしく、すごく頼もしい。  一人でも来るけど、誰かがいた方がいいもんね。  朝、宗護には耐寒性ばっちりのコートを渡された。  外は寒いからと。本当に心配性だし甘いんだから。 「ありがとう」 「僕こそ、ヒッカが来てくれて嬉しいです。あ、矢渡しが始まりますよ」  矢渡しとは、大会の無事と無事故を願う神事だ。  黒い袴姿の壮年の男性三人が、ゆっくりと舞台に現れた。  一人は弓を持ち、残りの二人は介添をする。  射手の範士が肩脱ぎをして、弓を番える。  ネットや本では見たけれど、こうして直に見ると感激もひとしおだ。  キリキリと弓を引いて会場内の空気が張り詰めると、スパン!とど真ん中に命中した。  こんなに格好良い開会式って他のスポーツじゃ無いよな。  俺も弓道がやりたくなってくる。  開会式が終わると、並んでいた学生達が其々の待機場所へと散って行く。  宗護は…いた!一際背が高いのが黒崎で、綺麗なのが宗護、太陽みたいに発光しているのが嵯峨さんだ。  目立つ三人だからすぐ分かる。  俺とヨッシーが軽く手を振ると、三人は笑いながら手を振ってくれた。  なんだかんだ言って仲良いよな。 「ヒッカ。来年は僕、風ノ宮高校を受験しますね」 「うん!待ってるから」  ヨッシーが後輩になり、俺は三年生になる。  きっとますます楽しくなるに違いない。  正月も近いし。あっという間に時が過ぎてしまうな。  感慨深く思い出していたら、予選が始まった。 「あ、風ノ宮だ」  宗護たちの桐峰はBリーグで、風ノ宮はAリーグ。  線が細いチョーカーを付けた男。日野もいた。 「風ノ宮にも弓道部があるんですね」 「うん。ヨッシー、やる?」 「そうですね。考えてみます。あ、僕、膝掛けも持ってきましたよ。一緒に掛けましょう」  応援に慣れてるヨッシーは準備万端だ。  有り難くくっ付いて暖を取る。 『よし!』 「わ、何?」  会場中から、よし、と声が上がった。 「的に矢が(あた)ると、”よし”と掛け声をかけたり、拍手したりするんですよ」 「そうなんだ」 「大人だと、無言だったりするみたいですけどね」 「あはは。そっか」  ヨッシーと二人で、矢が(あた)る度に拍手をして、よし!と声援を送る。  みんな真剣で、凄く格好良い。  Aリーグの予選が終わり、風ノ宮は決勝リーグへと勝ち進んだ。  宗護たちも勝ち進めば、決勝で対戦する事になる。 「いよいよだね」 「そうですね」  桐峰は一回戦から試合だ。  ドキドキしながら待っていると、宗護たちが現れた。  そしてアナウンスが響いた。 「第一射場、桐峰学園。選手の紹介を致します。一の立、黒崎和成さん。ニの立、高山宗護さん。三の立、嵯峨龍之介さん」  なん、だ。あれ?  宗護がおでこを出している!  緩くヘアワックスを付けていて、長めの前髪は弓の邪魔になってはいないけど。  きっと俺が、宗護がおでこを出しているのが好きだからやったんだ。  凛々しい袴姿と、どこまでも美しい綺麗な立ち姿。 「高山さん、顔を出すの嫌いだったのにヒッカの為ならやっちゃうんですね」 「そうなの?」 「はい。顔で騒がれるのがイヤだそうです」  チカさんに似ているからに違いないな。  それにしても宗護はやっぱり綺麗だ。  黒崎が堂々とした行射で一射目を引く。  鋭い矢羽の音がして矢は的の右上に(あた)った。黒崎らしい。  宗護が真剣な眼差しで弓を引き絞る。  息をしている音さえ聞こえないように、ただ静かに宗護を見つめる。  美しい横顔。  俺が、一目惚れしてしまった運命の番。  時が来た。  そう表現するしか無いタイミングで弦音が鳴り、矢は宗護の手を離れ的の真ん中に(あた)った。  まるで自分の心臓に当たったみたいに、きりきりと胸が痛い。  なんで俺は、同じ人間に二度も一目惚れしてるんだろうか。。  会場はみんな、宗護の射に見惚れていたようだった。  よし、の掛け声すら無くぱらぱらと拍手が起きる。  俺はとんでもない番を持ったのかもしれない。  桐峰は安定した射で、中でも宗護は一度も外さずに当て続け、決勝トーナメントへと勝ち進んだ。
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