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5、一人の時間
家事が前より上手くなってきたと思う。
指を切らなくなったし、レシピを見なくても作れるものが増えてきた。
夕飯は鍋で、下拵えが終わったからジャンとトムを連れて散歩に行く事にした。
庭が広いから普段二頭は自由に遊んでいるし、犬専用の小屋で飼っている。秘密基地みたいで俺でも住めるくらい広いし、エアコンももちろん完備している。
散歩に出ても絶対俺から離れないし、誰かに吠えたりもしない。二頭ともすごく賢くて優しいんだ。
「ジャン、トム、またカフェでおやつ食べようか?」
「ワン!」「ワン!」
二頭を連れて散歩に行くと、デカイからそうそう人は寄って来ないけど犬友も増えつつある。
「あら密ちゃん、今日もお散歩?」
「はい。いってきます」
宗護の家の近所に住む、おばちゃんが声を掛けてくれた。
たまに惣菜をくれたり、何かと気に掛けてくれる。
「密ちゃんみたいな子を捕まえるなんて、宗護君もやるわね」
「あはは。ありがとうございます」
「帰りにうちに寄ってね。牡蠣あげるわ。今年の新物が親戚から送られてきたのよ」
「わぁ!ありがとうございます。カキフライ大好きなんです」
こうして俺の家事スキルは否応無く上がっていくわけだ。
宗護の家で半同棲みたいになって、この街にもかなり馴染んできたし、みんないい人ばかりで嬉しい。
去年までなら皿洗いしかした事が無かったのに、縁とは不思議なもんだね。今日の夕飯は一気に豪華になった。
おばちゃんと分かれて公園に向かう。
ジャンとトムは街中でマーキングする事は無いから、散歩も凄くスムーズだ。
色付いた紅葉を見てたら、小学生男子が二人、駆けて来た。
「すっごい大きい犬!おにーさん、触っても良い?」
「ジャンとトムに聞いてみるね。この子たち、触ってもいいかな?」
二頭は尻尾をフリフリして嬉しそう。
「いいって。背中を優しくね」
「ありがとう、ジャン!トム!すっげぇフカフカだ!」
小学生男子に背中を撫でられて、二頭とも満更でも無さそうだ。目を細めてお座りして、気持ち良さそう。
撫で撫でして気が済んだのか、二人はまた元気良くお礼を言ってくれた。
「お兄さん、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
手を振って別れると、そう言えば自分も昔、似たような事をしたなと思い出した。
母が飼う事を許してくれなかったから、結局、自宅では犬を飼えなかった。
今は幼い頃からの夢、大きい犬を飼うという夢を実現出来て嬉しい。
ドッグカフェに着いたら、トムたちは大きいから外の端っこに座る。
犬たちにはおやつ、俺はコーヒーを飲みながら持ってきた弓道の本を読んでいたら、隣から声を掛けられた。
「おや、弓道をするのかな?」
イケオジが微笑みながら話し掛けて来た。
連れている犬はロットワイラーで格好良い!
短めの体毛は艶々で凄くお利口さんだ。
イケオジはシャツに蝶ネクタイにニットジレ。長めのチェスターコートは細かいチェック柄で、デニムのクロップドパンツを合わせている。中折れ帽まで被ってお洒落達人過ぎる。
「いえ。恋人が…しているので、せめてルールだけでも知りたくて」
「それは良いね。好きな人と同じ物を共有出来るのは素晴らしいね」
にっこり笑われ、顔の皺すらカッコいい人だな、と思った。
イケオジに手を差し出されて、慌てて自分も手を出して握手した。
「ではまた。ごきげんよう」
「はい」
犬達と一緒にいると、色んな人から話し掛けられるんだ。
宗護が帰ったら教えてやろう。
散歩を終えてジャンとトムを家に戻した後、牡蠣を貰いに行き、カキフライの準備を終えたら宗護を迎えに行きたくなり家を出た。
時刻は夜七時過ぎ。駅は自宅へ向かうサラリーマンやOL、学生で混雑している。
宗護が弓道を始める前なら、夕飯を食べ終わってまったりしていた時間だ。
「宗護、まだかな…え?」
何人かの桐峰の生徒と宗護が歩いて来た。
笑ってる。
そりゃ、友達くらいいるよね。
一人は矢筒を持ってる。
俺にだって仲良い友達はいるんだし、宗護には宗護の付き合いがあって当たり前だ。分かっているけど。
「…女の子もいる」
男2人の後ろには、髪をポニーテールにした可愛い女の子もいた。
急に心臓が痛くなる。
ヤダな。俺ってこんなに焼き餅焼きだっけ。
宗護の家がある辺りは所謂、高級住宅地だからαも多く住んでいる。
同じ学校の生徒がいても不思議じゃない。
俺のなのに。まずい、泣きそう。。涙目なんて見られなく無いから、柱の影に隠れた。
「密?」
いつもの、優しい穏やかな良い声が俺の名前を呼んでくれた。宗護は変わってない。
「…あは!見つかっちゃった」
「迎えに来てくれたの?嬉しいけど、もう暗いから危ないよ」
「この辺、明るいじゃん」
「そうだけど心配だよ。じゃあ、もし来るとしてもトムかジャン、どっちか連れて来てね」
「一頭だけ散歩したら怒るよ」
頭を宗護に撫でられたら、さっき感じた不安が薄まって行く。
弓道をしている宗護が見たいって我儘を言ったのは俺だ。
「じゃあ、また明日な」
「高山、またなー」
「さようなら。先輩」
「またね」
宗護は後ろから別れの声を掛けられると、後ろを振り向いて手を振った。
ただ、それだけ。
よくある友人同士のやり取りで俺だってやる。
それなのに、なんで泣きたくなる…?
「さぁ、密も帰ろう」
「…うん。手を繋いでも良い?」
「もちろん良いよ」
それから、今日はカキフライな事、小学生たちにジャンとトムが撫でられた事、格好良いお爺さんにドッグカフェで会った事を話しながら帰った。
家の中に入るともう我慢の限界で、ぎゅっと宗護に抱きついた。
「どうしたの?」
「…ちょっと。さ、寂しくなって」
「密、上向いて?」
顔を上げると…嬉しそうな満面の笑顔。
宗護の綺麗な瞳には俺が映っている。
「どうしよ。俺、今すごく嬉しい」
「な、んで?」
「寂しくなって、もう俺に会いたくてダメって思ったら、すぐ連絡して?部活なんか休むし、学校も休んで一日中、抱きしめて離さないから」
「え。それはどうかと思う」
「密、大好きだよ。忘れないで。俺はいつでも密が大好きで、密だけが大切だよ」
オトナの宗護と同じ事言った。
なんだよ、もう。
「密と今すぐHしたいな」
抱き締められながら、頬や唇にキスされる。
そしたらもう、俺の不安は無くなっていた。
「ダメ。カキフライ揚げるんだもん!揚げたてが美味しいから、揚げるだけにしといたんだから」
「ふふ。じゃあ一緒にやろう。着替えてくるね」
「うん」
俺は本当に単純だ。
色気より食い気だけどしょうがない。牡蠣はもう揚げられるのを待ってるんだから✨
※スター特典の密の交差にオトナの宗護がいます。
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