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8、内緒
遊と匠と三人で、学食で昼ご飯を食べている。礼は彼女と教室で弁当だ。
メニューは大好きなハンバーグ定食なのに箸が進まない。
宗護がいない二泊三日をどう過ごすか、ずっと考えている。
勉強は当たり前だ。
掃除も料理も、特に問題は無い。
宗護の好物を作るのは決定事項として、あとなんだろ?
何をすれば宗護が喜ぶかな。
夏祭りもハロウィンも、宗護にはドキドキさせられた。宗護が俺を喜ばせたみたいに、俺も宗護に何かしたい。水族館でデートした時は、自分ちにいたからお弁当を作れたけど。
次はなんだろ。宗護がやるスケールには及ばないにしても、何かしてあげたいな。。
「なぁ匠。最近の密、やけにぼーっとしてんな」
「恋って偉大だね。百人一首にも恋について詠んだものがあるし、人類の普遍的なテーマだよね。ほら密、溢してるよ」
「あっ、また溢したぞ!咬め!全くもう、箸を寄越せ。ほら口開けろ」
「ん」
遊が俺の口の中にご飯を放り込んだ。
カミカミむしゃむしゃ。ごくん。
「ほら、サラダ。茶も飲め」
「ん」
「あはは。密、雛鳥みたいだね」
「2歳児の間違いだろ。全くどこの乙女だっつーの」
誰が乙女だ。
片想いをした事すら無いのに。
…でもまるで、片想いみたいだよな。
「よく噛めよ。ほらハンバーグ。こらソースを溢すな!」
「ん」
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、ごくん。
「恋してても食欲はあるのが笑えるよな」
「それが密の良いとこだよ」
好き勝手言われてんな。
遊が苦手な人参グラッセを食べさせようとしてきた。
「人参を食え、人参を!」
「なんで甘く煮るんだろ」
好き嫌いは殆ど無いけど、付け合わせの甘い人参だけはあんまり好きじゃない。むしろ生の方が好きだ。しぶしぶ食べ終え、トレーを片付ける。
トイレ行こ。
「次、移動だぞ」
「うん」
男子トイレも全部個室だから、安心して出来る。
用を足し、ベルトを直して個室を出ようとしたら隣からドン!と音がした。
「やだ、やめて!」
「手伝ってやろうって言ってるだけだろ」
「い、いらないよ!嫌だ!」
はあ。阿保がいる。
俺は宗護に持たされているブザーのピンを抜いた。
「PPPPPPPP‼︎」
大音量でブザー音が鳴り響くと同時にバタバタと靴音が遠去かり、俺は個室を出た。
あれは両思いじゃないよな?
手を洗ってトイレを出るか迷っていたら、礼が飛び込んできた。
「わっ!なんだ密か。なんかあったのか?」
「あったような。んーどうしよ」
開かないトイレの扉をチラリと見る。
「さっきさ、入っている個室に誰かが入ろうとしていたみたいだからブザーを鳴らしたんだ。おーい。礼は信頼出来る奴だから、用が済んだら出ておいでなー」
ゆっくり扉が開き、出てきたのは線が細い男だった。チョーカーをしているからΩだ。
「あの、ありがとう」
「大丈夫だった?」
「うん。あの人しつこくて参っていたんだ。助かったよ」
「良かった。じゃあね」
宗護のブザーが良い仕事をしたな。
持ってて良かった。
放課後は何かのヒントになるかと思い、弓道部を覗きに行くと二十人くらいが練習していた。
やっぱり袴はカッコいい。
宗護の袴姿は、そりゃもう似合い過ぎるくらいに似合っていた。
スラリとした長身で細身に見えてもちゃんと筋肉があって。綺麗な男だと思っていたけど、袴姿は別格でますます惚れてしまった。
派手なスーツ姿もカッコいいのに袴も着こなすなんて、ほんとどうなってんだろ。
弓道場から出ようとしたら、昼休みにトイレで会った人が声を掛けてきた。
「三嶋さん!」
「あれ、何で名前知ってんの?」
「あはは。目立つもん。弓道部に何か用?」
昼休みはジロジロ見たら悪いかと思ってあまり見ないようにしたけど、和風美人だ。
弓道着がよく似合う。
「恋人がさ、弓道をしてるんだ。何かしてあげたいなって思うんだけど何がいいか分からなくて」
「素敵だね。そうだな。足袋入れとかは?簡単な巾着なら、ミシンでも手縫いでも作れそうじゃない?」
「それいいかも!やってみるよ。ありがとう。あの、名前聞いてもいい?」
「日野晶だよ。よろしくね」
「うん、よろしく」
手を振って別れて帰りがけに手芸店に寄ってみた。
巾着の作り方が載ってる本を買い、材料も買い揃える事にした。
生地は紺色に小さな兎がたくさんプリントされた和柄を選んだ。宗護は兎が好きだから。
紐は金色で落ち着いた色味の物にした。
内緒で作って驚かせたい。
絶対バレないように作りたいと思うけど、ミシンはどうしようかな。
買ったらバレバレだよな。実家に帰ればあるけど。
ミシン売り場の前で止まっていたら、声を掛けられた。
「あら密ちゃん。ミシン買うの?」
「わぁ!タマちゃん」
和菓子屋さんの前でよく会う、タマちゃんこと珠江さんだ。
お婆さんだけどお洒落さんで、会うといつも和菓子をくれる。
「巾着を作りたいなぁと思ってるんだけど、あげる人に内緒で作りたいんだよね。一緒に住んでるからミシンを買ったらバレバレだし、どうしようかなぁ、と思ってさ」
「サプライズって事ね!ならうちでミシンを貸してあげるわよ。教えてあげるから作ったら?」
「えっ、いいの?助かるよ。ありがとう」
自分一人で作るはずが、タマちゃんちでミシンを借りれるなんて。しかも作り方まで教えてくれる。
もう巾着は出来たも同然だな(笑)
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