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大人はもちろん子どもでも、わたしより体重が重ければすでにこの足下はあっさり崩れ落ちてなくなっていた。ヤクダチ草もろとも谷川の、心臓も凍る急流に呑み込まれていた。わたしが軽いからまだ持ち堪えているのだ。
とは言え。
薬草採取を終えるまで、崖端がわたしの重みに堪えていてくれる保障はどこにもない。
精一杯伸ばす右手と。大木にまとわりつく新芽が芽吹き始めた山藤の、幾枝にも分かれ垂れる蔓をしっかりと握る左手と。
体を低く保ち、震える足をそろりそろりと崖端に近づけていく。
右手。
ヤクダチ草を掴む。
むしり取る。
やった!
メキッ。ザスッ。
ぶわっと土埃が立つ。
ばらばらばらばら崖が崩れていく。
歓喜に沸き立つ感情と蔓の軋み音。
そして崖土の落下音が同時だった。
左手で掴んでいる山藤の蔓が、メキメキッと大木から剥がれていく。血が凍るほど危うい状況となりつつある。
そう思った刹那。
わたしの体が谷川の上空に舞う。
ぶらんとぶら下がる足下にはもう何もない。下方遠く、谷川が激しい水音を響かせて流れ去っていくばかりだ。軽くても小さな子どもなら、とっくに谷底に落ちていた。
わたしはもうすぐ大人だ。体は小さくても日々の山歩きで体力が付いている。低めの崖なら簡単によじ登れる。毎日の薬草採りで腕力が付いていた。
今も左腕一本で自分の体を、命をこの世に繋げ留めている。さてこれからどうしよう。思案する余裕すらあった。
ヤクダチ草を谷底に落として右手も蔓を握り、身の安全確保を最優先事項とする。そうすると肉汁たっぷりの熱々鍋を食べ損なう。
それはイヤだ。あり得ない。
であれば生き延びて、鍋を腹いっぱい食べられる道を模索する。究極の選択だが、仕方ない。ヤクダチ草を口でくわえて両手を使えるようにする。
大きく口を開けて、副作用があると言われている薬草をくわえた。
脚をばたつかせ体を揺らす。小さな揺れから大きな揺れへと宙に踊る。
怖がっていては何も始まらない。
ここで頑張らなければ生まれ育ったこの寒村を出て、一人他所で生きていくことなどできない。姉たちのように親に言われるがままに嫁いで、生きていく道しかなくなる。それは厭だ。
わたしはやりたいことがある。
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