清ら松風、月影に謡う 【弐】

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   賀茂邸の屋根がみしみしと崩れそうなほどの雪の被害は、私のためだった。 「ふふっ。美味しかったわね。雪祠の中で焼いて食べた山芋」  ご当主からの罰として、綺麗な雪塊を全て内裏(だいり)に運び、献上。それから、お邸内を清掃の後、竃の形に雪祠を作るところまでを真守様は一人でこなした。ひんやりと冷えた小屋で、うずら丸と三人で食べた焼き芋はとても美味だった。 「次にお邸に伺う時は、御礼の品を持参しなくては。あ、そうだわ。御礼だけでなく、御祝いの品も必要だったわ。何が良いかしら」  真夏に氷室の雪を愛でる行事はあるけれど、秋には無い。中秋の頃になって荷車に乗りきらないほどの雪塊を献上されたことで、主上(おかみ)がたいそうお喜びになられたらしく。真守様は、位階を持たない陰陽生(おんみょうせい)から従八位(じゅはちい)へと昇進なされた。  うずら丸のうっかりの後始末で昇進するようなものだからと、喜ばしいことなのに気落ちなさっていたから、何か気分が晴れるお品を贈りたいわ。  うずら丸をとても可愛がってくださっていることもありがたいし、いつも楽しいお話を聞かせてくださるし。何より、私は誰よりも真守様を——。 「篤子様、宴の準備が整いました。どうぞ、お越しくださいませ」 「ありがとう。礼都女(あやつめ)」  夕星(ゆふづつ)を見上げながらの思考に、同い年の女房の声が差し込まれてきた。それに軽く頷き、先導に従う。気づけば、随分と長く宵の空を眺めていたみたい。薄藍色だった空はいつの間にか濃藍(こあい)に色を深め、月と星の明るさを際立たせている。 「——篤子」  あ……。 「元気そうだな。良かった」 「光成お兄様」   (いざな)われた母屋には既に楽器が置かれ、奏者も揃っていた。 「あの、お兄様? 御簾(みす)は……御簾がありませんが、よいのですか?」   驚きと疑問で、失礼ながらも、きょろきょろと視線をさまよわせたままお尋ねする。驚愕したのは、いつもそこにあるはずの御簾が取り払われていること。それから、奏者の面々が私の思っていた人数よりも多くて、その顔ぶれが……。 「篤子、心配は不要だ。扇で顔を隠す必要もない」 「え?」  咄嗟に顔前に広げた扇を持つ手が、光成お兄様によって掴まれ、いつも美麗さにうっとりする尊顔が私を覗き込んできた。 「あ、あの……ですが、あちらに他家の方々がおられますのでっ」  大好きなお兄様のお顔がとても近いところにあることと、身内ではない男性が同じ空間にいること。その両方が私を狼狽えさせている。  場に居たのは、光成お兄様と礼都女。光成お兄様の従者、武弥(たけや)。それに加えて、なぜかお兄様の同僚、源建(みなもとのたける)様と、建様の従者である明親(あきちか)。 大納言家の家人である武弥はともかく、どうして(げんの)蔵人様主従が私の邸においでなのでしょう。    
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