清ら松風、月影に謡う 【弐】

4/12
前へ
/21ページ
次へ
「あら? 私が一番遅かったかしら。皆様、お待たせしまして申し訳ありません」 「たっ、たま……撫子っ? あなた、他家の男性の前で(おもて)を晒してるわよ!」  遅れて場に現れ、にこにこと呑気に笑って(そう)の琴の前に座した姫。珠子の姿に、息が止まるほど驚いて叫んだ。  楽器が置かれている場所には御簾も几帳(きちょう)も無く、そこに居る姫君の美貌を人目から守る物は何も無い。  武弥はともかく(二回め)、身内ではない男性に、大納言家の姫君がその(かんばせ)を迂闊に晒していいはずがない。 「大丈夫。篤子、大丈夫だ」  それなのに、そういうことに最も敏感にならねばならないお兄様が、どうして、珠子の顔を隠すべく傍に駆け寄ろうとする私を引きとめるの? 「お兄様! 手をお離しくだ……」 「うずら丸だ」  「えっ?」  私を引きとめる光成お兄様の手を剥がしていた途中、耳元にお友だちの名が囁かれ、抵抗が止まる。 「うずら丸の妖術なのだ。だから心配は要らぬ。建殿と明親は、妖術の力でこの邸に運ばれてきた。宴で管弦の調べを披露するために」 「よう、じゅつ?」   続いて告げられた説明の内容が、よくわからない。早口の小声だったからじゃない。ちゃんと聞き取れていた。けれど——。 「どうして? うずら丸が、どうしてそんなことをするの? お兄様がそのことをご存知なのも、どうして? それに、源建様の御主従が我が邸においでになられた経緯が妖術だとして、お兄様が心配無用とおっしゃる理由がわかりません。どうして?」  うずら丸の妖術だから納得しろと言われても、疑問は止まらない。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加