清ら松風、月影に謡う 【弐】

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「最後の問いから答えよう。白焔(びゃくえん)の説明では、建殿と明親は、昨夜の夢の中からここへ飛ばされているらしい」  昨夜? 「よく見てごらん。ふたりとも、にこにこと静かに座しているだろう? 実際のふたりは夢の最中だから、今ここに居る〝現実〟を夢としか認識していない。しかも、その夢は昨夜のものだ。ここで管弦の宴に加わっていたこと自体が過去のことになるから、撫子も篤子も顔を見られていても支障はない。気楽にしていて良いということだ」 「過去の夢だから、ですか?」  見上げた美麗なお顔が首肯(しゅこう)なさったから、(げんの)蔵人様主従については、この説明で納得するしかないということね。 「それから、最初の問いの答えだが、これは聞くまでもないことだろう? うずら丸が何かをする時は、篤子、お前のためでしかないのだから」  「はい、それはもちろん承知しておりましたが、諸々の混乱で、つい口から出てしまったのです」  どうして、うずら丸が妖術を、という声は、わかっているのに漏れ出た疑問。私のために宴を賑やかにしてくれたのよね。 「では、私がこの件を承知済みだった理由も、もう察したか?」 「はい。うずら丸が使った術が時空間妖術と思われますので、それを指南なさった白焔様が光成お兄様に報告をされないわけがありません」 「正解だ。篤子は、いつも本当に察しが良い。だから、父上も宮中に女房として出仕(しゅっし)させたのだね」 「え? あ、いえ、私など、大したことはありません。内侍司(ないしのつかさ)には多くの才媛が揃われておられますのでっ」  思いがけないお褒めの言葉に、声が上擦ってしまった。こんなことは初めて。光成お兄様に褒めていただくなんて。  源建様ではなく、私こそが夢を見ているのではないかしら。
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