清ら松風、月影に謡う 【弐】

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「あつこ、たのしくない、か?」 「うずら丸っ。やっと姿を見せてくれたのね」  良かった。邸内のどこかに居ると思っていたけれど、宴が始まっても現れないから心配していた。 「ためいき、ついてたぞ。うたげ、たのしくない? いやか?」 「いいえ、とても楽しんでいるわよ」  誰にもわからないように密かに零した溜息は、たぶん私の傍らで隠形(おんぎょう)して潜んでいた妖猫にだけは丸見えだったようだ。可愛らしい心配をしてくれるお友だちが愛しい。 「それに嬉しい。うずら丸が膝に乗ってくれているから。私のために術で奏者を集めてくれたこともよ?」  真っ白な体毛に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめると、ごろごろと嬉しげな声を聞かせてくれるところも可愛い。 「よかった。たけるをよんだこと、きにくわないのかと、おもって、もうすこしで、たけるをふきとばす、ところだったぞ」 「まぁ、駄目よ。建様はお歌を担当してくださっているのに」 「びゃくえんさまにも、とめられた。ねっぷうで、ふきとばしたら、こげるからって。だから、がまんした。まもりは、すこしなら、やっていいって、いったけど」 「えっ、真守様もいらしてるの?」  建様をかばう言葉を続けるつもりが、真守様のお名前のほうに反応してしまった。 「どちらに? ねぇ、うずら丸、真守様はどちらにいらっしゃるの?」  それだけではなく、お姿を探し求めて、きょろきょろと視線をさまよわせてしまう始末。はしたないことに。
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