清ら松風、月影に謡う 【壱】

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 風が、色を運ぶ。  はらはら、ほろほろ。密やかに、軽やかに。  楓の赤、萩の白、菊の紫、銀杏(いちょう)黄金(こがね)。さまざまな色が、我が物顔で空を舞い踊っている。 「今日は、随分と風が強いわね。そのおかげで、色葉(いろは)の美しい競演を眺めていられるのだけれど」  独りごちながら見やった手前の松の木に、ふっと口元が緩む。独り言の合間にも、松葉の常緑は鮮やかに(よそお)われていた。数多くの色葉(いろは)たちによって。 「秋の風は、いたずら好きなのね」  季節がどのように移り変わろうと常緑を失わない松葉に、まるで彩りを与えるかのごとく、風にひらめく葉が色を置いている。 「いたずら好きで、少しお節介だわ。松葉は、そのままで充分に美しいのに」 「あら、篤子。いかにも秋の風情を語っているように見えるけれど、実は、その『松葉』というのはお兄様のことではなくて?」 「……っ、珠子(たまこ)? まぁ、驚いた。いつの間に来ていたの?」  突然の(おとない)を受け、心の底から驚愕した。けれど、その驚きはすぐに笑顔に変わる。笑みの大部分は苦笑だけれど。  私を驚かせたことで嬉しそうに笑っている相手は、大津大納言家の大君(おおいきみ)。光成お兄様の妹、珠子だった。
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